第36回三島由紀夫賞と山本周五郎賞が16日に決まった。三島賞は朝比奈秋さんの「植物少女」(朝日新聞出版)、山本賞は永井紗耶子さんの「木挽町(こびきちょう)のあだ討ち」(新潮社)。それぞれどのような点が評価されたのか。受賞記者会見での発言とともに振り返る。
三島賞の「植物少女」は、出産時の脳出血で植物状態となった母親と、娘である〈わたし〉の成長を描く小説。選考委員の中村文則さんは「意識がない方に対して本来『植物』という表現はふさわしくないが、言葉の意味を変えて、生きるとは何かということに別の見方を提示する作品だった」と評価。「善悪の判断よりも、母親が娘にとってかけがえのない存在であり続けたという現象を書いている。そこにとても感心しました」と語った。
朝比奈さんは非常勤の医師として働きながら執筆を続けてきた。講評を受け、「差し迫った状態は、善悪とか常識とかモラルを悠々と超えて人の身に及んでいく。たとえ小説の内容が倫理を踏み越えていたとしても、小説自体が持っているエネルギーに対して誠実でないとしょうがない。やむなく書くしかないと思っています」と話した。
山本賞の「木挽町のあだ討ち」は江戸の芝居小屋近くで起きた惨劇の隠された真相を、小屋の裏方たちの語りによって浮かび上がらせる時代小説。選考委員の荻原浩さんは「章ごとに代わる殺陣師や戯作(げさく)者らの一人語りの語り口が軽妙洒脱(しゃだつ)で、この時代の芝居小屋の様子がありありと見えるようになっている。シンプルな言葉でありながら、刺さる言葉が随所に出てくる」と評した。
永井さんは新聞記者、フリーライターを経て、2010年に作家デビュー。受賞について、「ここまで来る間にたくさんの方からうれしい感想を寄せていただいた。読者の言葉に勝る賞はない、とおっしゃったという山本周五郎先生の名前を冠した賞をいただくことができて感無量」と興奮ぎみに語り、「今後も現代と過去とを行きつ戻りつしながら、今の読者に届く何かを作っていきたい」と述べた。(山崎聡、野波健祐)=朝日新聞2023年5月24日掲載