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「硫黄島に眠る戦没者」書評 遺骨収集 先人を弔うこととは

評者: 神林龍 / 朝⽇新聞掲載:2023年05月27日
硫黄島に眠る戦没者 見捨てられた兵士たちの戦後史 著者:栗原 俊雄 出版社:岩波書店 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784000615877
発売⽇: 2023/03/27
サイズ: 20cm/215p

「硫黄島に眠る戦没者」 [著]栗原俊雄

 先の大戦での戦没者は全容がわかっていない。海外で亡くなったのは240万人ともいわれ、没した場所や状況が不明で、遺骨遺品が何も帰ってきていない犠牲者も、数十万人ではきかない。本書の著者は新聞記者で、おそらく日本の遺骨収集事業の実情を最もよく知るひとりだ。2016年の「戦没者の遺骨収集の推進に関する法律」制定前後の遺骨収集の実情やDNA鑑定による身元確認の変遷など、激戦地だった硫黄島での事業を軸に実態をまとめたのが本書である。
 遺骨が眠る地の大半は外国で、遺骨収集事業には外交上の駆け引きと表裏一体の難しさがつきまとう。しかし国内であるはずの硫黄島でも事業は遺族の思いに任されていない。前述の法律制定まで、戦没者の遺骨収集は国の「責務」ですらなかったことなど、法律上の無関心が遺骨遺品収集、戦没者の記録作成を制約してきたのは確かだろう。
 ところが、このままでは本当に何もわからなくなってしまうという危機感が共有されてきているのか、本書からは、事業関係者の思慕の情が伝わるだけではなく、政治的立場や歴史解釈とは切り離して、ともかく戦争犠牲者のことを調べ記録し弔うべきだという雰囲気が昨今醸成されつつあるという印象も受ける。その消極的態度を終始批判的に書かれている厚生労働省ですら、杓子(しゃくし)定規の対応が遺族の心情と相いれないことを理解する姿勢を、担当レベルでは見せたことを、著者は額面通り受け取ってよいかはわからないと留保しながらも記している。評者には、徐々にではあるが同省も前向きに姿勢を変えているように映った。
 家族葬の流行に象徴されるように、自分と直接関係のない人の死を弔う慣習が廃れてきているのもまた事実である。私たちが生きているこの社会をつくってきた死者をどう尊ぶべきか、遺骨収集という事例を通して、いま一度、読者に考えていただきたい。
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くりはら・としお 1967年生まれ。毎日新聞記者。著書に『シベリア抑留 未完の悲劇』『遺骨』『特攻』など。