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「エンタイトル」書評 ミソジニーが強要する社会規範

評者: 前田健太郎 / 朝⽇新聞掲載:2023年07月01日
エンタイトル 男性の無自覚な資格意識はいかにして女性を傷つけるか 著者:ケイト・マン 出版社:人文書院 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784409241530
発売⽇: 2023/04/28
サイズ: 19cm/261p

「エンタイトル」 [著]ケイト・マン

 ケイト・マンは、前著『ひれふせ、女たち』でミソジニーという現象を分析し、一躍有名になった哲学者だ。従来、この言葉は女性を憎悪する心理だとされてきたが、性差別との違いが曖昧(あいまい)だった。マンは、この問題に分析哲学の手法で挑んだ。その特徴は、言葉の意味を徹底的に精緻(せいち)化し、切り分けることにある。
 マンが用いたのは法律との類比だ。性差別は男性優位の社会規範を正当化するイデオロギーであるのに対し、ミソジニーはその規範に逆らう女性を罰する「法執行」の機能を持つ。それは、実に明快な整理だった。
 続編にあたる本書は、ミソジニーによって執行される「法」であるところの社会規範とは何なのかを問う。その核心が資格(エンタイトルメント)という概念だ。
 男性には女性と性行為を行い、その愛情を受ける資格がある。女性には男性と対等に議論し、権力を握る資格はない。そう考える男性は、自分の資格を侵害する女性に憤り、制裁を加え、その異議申し立てを黙殺する。人種的・民族的マイノリティの女性やトランスジェンダーの女性には、一層激しい攻撃を行う。
 この論理を、本書は性暴力から医療のジェンダー格差まで、アメリカの様々な社会問題に見出(みいだ)す。女性の知性を軽んじるマンスプレイニングなどの近年の用語の分析も注目に値しよう。
 では、どうすればよいのか。本書でいう資格とは、法律における権利に相当する。法的に平等な権利を持つ男性と女性が不平等に扱われるのは、社会規範が男性に特権的な資格を付与するからだ。本書は、性別を問わず誰もがその資格を持つべきことを強調する。
 この主張は女性の読者を念頭に置いたものだが、男性こそが耳を傾けるべきだろう。自分は男女分け隔てなく接しているつもりでも、自分が従う社会規範は女性を抑圧する。本書は、男性がこのメカニズムに自覚的になるための格好の手がかりとなるはずだ。
    ◇
Kate Manne 1983年、オーストラリア生まれ。米コーネル大准教授。専門は倫理・社会・フェミニズム哲学。