数々の美術工芸品や歴史遺産を、いま目にできるのは偶然ではない。独立行政法人国立文化財機構で保存科学の最前線を担う40人近くのプロが現場の活動を報告した「文化財をしらべる・まもる・いかす」(アグネ技術センター)は、それを改めて教えてくれる。
同機構は四つの国立博物館や東京・奈良の文化財研究所などから成り、歴史遺産の保存・修復の牙城(がじょう)。文化財の活用が加速する昨今、その役割はますます重い。
文化財とひと口でいっても、仏像や装飾品、墨跡に絵画資料といった動産から、寺社や近世城郭、古墳などの不動産まで幅広い。材質も布や紙、木もあれば石やガラス、金属製品も。だから劣化の原因は様々で、経年変化はもちろん虫やカビへの対応、さびのクリーニングなど、それぞれに合った処置が求められる。
ゆえに本書が収める事例も豊富で、文化財保護法制定のきっかけとなった法隆寺金堂(奈良県斑鳩町)の焼損壁画や、劣化して解体修理された高松塚古墳(同県明日香村)の壁画、博物館所蔵品のマネジメント、自然災害での文化財レスキュー活動まで多方面に及ぶ。そのアプローチは物理学や化学、生物学、地質学などから哲学や歴史学、法律まで文理の垣根を超え、保存科学とは総合科学であることを実感させてくれる。
いまや文化財の世界でも技術の進歩は日進月歩。構造や材質を調べる分析手法の登場、X線CTやデジタル機器の発達、AR・VRなどの活躍に目を見張るが、その奥には揺るぎないプロたちの理念と伝統的な技が息づく。積み重ねられてきた先人の思いをも読み取ることができる手引となった。3960円。(編集委員・中村俊介)=朝日新聞2023年7月5日掲載