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「まちがえる脳」書評 不確実さが生む創造性・多様性

評者: 石原安野 / 朝⽇新聞掲載:2023年07月08日
まちがえる脳 (岩波新書 新赤版) 著者:櫻井 芳雄 出版社:岩波書店 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784004319726
発売⽇: 2023/04/24
サイズ: 18cm/229,7p

「まちがえる脳」 [著]櫻井芳雄

 理解し、意志を持つこと。探究し、創造をすること。かくも複雑な脳の活動は全て脳内の電気信号の伝達により引き起こされている。
 人の脳には約1千億ものニューロンがある。ニューロンは近隣ニューロンから信号を受け取り、別のニューロンに信号を伝達する。コンピューターを動かす信号であれば、基板上の部品と部品を繫(つな)ぐ配線を伝わる電子の流れであるが、脳を動かす信号は、ニューロン内外へのイオンの移動による連続的な電位変化である。その伝達速度は基板上の電子の速さのわずか数百万分の1だ。しかも、あるニューロンから他のニューロンに信号が伝わる確率は約3%、わずか30回に1回ほどしか伝わらない非効率さなのだという。
 脳は複雑な働きをする。しかし、その動作は原理的にゆっくりで不確実だ。脳はある程度まちがえるようにできているシステムなのだ。動作が確率的であるから、同じ条件で同じインプットを与えても、答えが違うということがあり得る。これがコンピューターだとすればポンコツだ。
 一方、脳の不確かさからは複雑性と多様性が生まれる。多くの失敗から生み出される発明、思いもかけない斬新なアイデア、そして一人一人が持つ異なる考え。脳がまちがえるシステムであるからこその特徴である。
 しかも、脳は自らを補う柔軟性も持つ。例えば、脳の一部が損傷した時に、その部分が担っていた役割を他が補う機能代償だ。あらかじめ配線の決まったコンピューターにはできまい。創造性や柔軟性は、効率のみに最適化していないからこそ生まれ得る。
 働いている脳は、多要因の相互作用をしながら変化を繰り返す動的構造体だ。そのプロセスには未解明の本質的疑問も多い。本書は、脳の機能を分割し過度に単純化することで、わかった気にさせるメディアや研究者の風潮に、警鐘を鳴らす。
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さくらい・よしお 京都大名誉教授(行動神経科学、実験心理学)。著書に『脳と機械をつないでみたら』など。