1. HOME
  2. 書評
  3. 「化け込み婦人記者奮闘記」書評 男社会に抗し往時の世相を刻む

「化け込み婦人記者奮闘記」書評 男社会に抗し往時の世相を刻む

評者: 澤田瞳子 / 朝⽇新聞掲載:2023年07月22日
明治大正昭和化け込み婦人記者奮闘記 著者:平山 亜佐子 出版社:左右社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784865283730
発売⽇:
サイズ: 19cm/287p

「化け込み婦人記者奮闘記」 [著]平山亜佐子

 化け込むとは『日本国語大辞典』によると、「本来の素性を隠して、すっかり別人のさまを装う」こと。本書は明治以降に流行した女性記者――当時の表現でいう婦人記者の変装ルポに焦点を据え、近代女性の知られざる活躍を描く。
 現在でも新聞・通信社記者数の女性の割合は、男性の4分の1弱。だが戦前の婦人記者数は、今日の比ではなかった。当然仕事は限られ、嫌がらせも日常。しかも社会的には避けるべき職業と見なされ、周囲の反対も多い。
 明治40年、初の化け込み記者として上流家庭へ潜入した下山京子は、そんな状況でフランスの女性記者の化け込みルポを知り、上司への直談判を経て、連載枠を獲得した。その記事は現在の感覚からすれば下世話で、ほぼ同時期に男性記者が行った都市下層生活の潜入ルポとは随分な差がある。しかしこの点について筆者は、婦人記者の化け込み記事は自らの存在を押し出し、売り上げに貢献するべく始められたこと、当時、女性が下層民や娼婦(しょうふ)の世界に踏み込むことは堕落と見なされ、その行動範囲は限定されていた事実を指摘する。婦人記者の苦労はそのまま、記事の特殊性に反映されていたのだ。
 本書に登場する四人の化け込み婦人記者の最後の一人、小川好子の連載は彼女が入社1日目の部長命令で始められたもの。年若い好子が繁華街で近づいてくる男相手にひと悶着(もんちゃく)起こした末に逃げるというパターン化されたルポである。本人の弁によれば、彼女の書いた記事は上司によって真っ赤に直されたという。女性を囮(おとり)に男性を描くという男性視線の試みの記事が、男性上司に修正されるならば、女性の眼差(まなざ)しはどこにあるのか。だがこれもまた婦人記者の実像なのだ。
 本書には番外編として、化け込み記事に記された当時の様々な職業も紹介されている。今日では忘れられがちな近代の一面にも触れ得る一冊である。
    ◇
ひらやま・あさこ 文筆家、挿話収集家。著書に『問題の女 本荘幽蘭伝』など。編著に『戦前尖端語辞典』。