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「裏日本的」書評 日本海に臨む風景や人の息遣い

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2023年07月29日
裏日本的 くらい・つらい・おもい・みたい 著者:正津 勉 出版社:作品社 ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784861829796
発売⽇: 2023/05/23
サイズ: 20cm/261p

「裏日本的」 [著]正津勉

 表題の「裏日本」は今、準禁止語だという。しかしこの語に馴染(なじ)んでいる世代には各様の思いがあり、自らの言語体験の核になっている場合もある。著者は、この日本海に臨む地に関わる文学者の作品を通して、折々の町や海の風景や人の息遣いを語っている。
 裏日本のいくつかの地と作品の関わり自体、文化的遺産であり、著者の感性の奥行きの深さがそれを読者に率直に伝えてくれる。
 例えば「能登」の章で、石川県の口(くち)能登を読者と随伴するときには、俳人の沢木欣一が紹介される。その名は俳句好きの人しか知らないだろうが、米軍の試射場建設への反対運動の内灘闘争が語られ、社会性俳句の断面が提示される。さらに、川柳人・鶴彬(つるあきら)の軍隊や戦争批判へと進む。鶴は内灘に近い町の生まれだ。改めて「万歳とあげて行った手を大陸へおいて来た」という川柳の背景に触れて俯(うつむ)く。彼の獄中死への疑問もさりげなく紹介している。
 この口能登では折口春洋(はるみ)にも触れており、師、養父の折口信夫との自然石の歌碑が気多大社境内に並ぶ。「父子の哀(かな)しくも美しい歌風」が吹く。
 この項では、七尾市生まれの作家・藤澤清造が語られている。「寡作と放埒(ほうらつ)な生活」のため窮乏し、公園で凍死。藤澤の全集刊行を目標とした私小説作家の西村賢太の名と重ね合わせ、人と人の連環をさりげなく結びつけていく著者の筆遣いも本書の魅力である。
 むろんこうして語られる文学者は、すべて裏日本と深い関わりを持っていたわけではない。しかし、各人の交流の中に裏日本という語がいかに重い意味を持つかを理解できる。深田久弥が親不知(おやしらず)を汽車で通るたび、中野重治の青年期の詩「しらなみ」を口ずさむ。裏日本の風景を的確に表現する中野の心理に頷(うなず)く。
 加賀・白山で鏡花の世界を描くのもいい。著者が裏日本を愛(め)でるのは「戦後裏日本人末裔(まつえい)」との自覚が強い故であろう。感動的だ。
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しょうづ・べん 1945年、福井県生まれ。詩人・文筆家。著書に『惨事』『笑いかわせみ』『つげ義春』など。