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町屋良平さん「恋の幽霊」 恋という身体感覚、言葉で追いかけて 

町屋良平さん

 恋をしていた時間や、そのときの風景はどうしたら言葉にできるのか。町屋良平さんの新刊「恋の幽霊」(朝日新聞出版)は、言語表現の最前線を切り開いてきた作家が、言葉になる前の〈恋という身体感覚〉をそれでも言葉で追いかけようとする恋愛小説だ。

 「正直にいうと、恋愛、と恋と愛がくっついているのが個人的には賛成じゃない。愛はきらいだけど恋は好き、というのが元々の性格としてありました」

 恋愛は源氏物語の昔から小説に書かれ、Jポップの歌詞にもつきもの。「文学との相性がいい何か秘訣(ひけつ)のようなものがある」と考えてきたが、それと同時に、「恋愛小説に染み付いたわるいもの」が、制度や慣習のように受け入れられてきたとも感じていた。

 「自由から始まって、人を操ったり暴力的に支配したりすることが、あたかもキラキラしたロマンチックですてきなこととして書かれる。そこがいちばんよくない」。一方で、恋愛というくくりには一理あるとも思う。「愛が向かう先としてあるから何とか制御できるけど、恋そのものは、ものすごく破壊的な運命をたどりかねない」からだ。

 本作では、そうした恋の残酷さや容赦のなさが、二度とは戻らない時間のなかで存分に描かれる。主な登場人物は京(きょう)、青澄(あすみ)、土、しき。4人は高校で出会って恋に落ちたが、ある事件をきっかけに疎遠になった。物語は15年後、32歳の時点から記憶をさかのぼるように語り出されていく。

 あのとき、何があったのか。4人に何が起きていたのか。幽霊のように浮かんでは消える恋の記憶をたどる読書は決して意味の取りやすい、わかりやすいだけの体験ではない。それは昨年、野間文芸新人賞を受賞した前作「ほんのこども」や、先月の文芸誌「文芸」秋号に載った最新作「生きる演技」にも通じる。

 こうした書き方になるのは、「意味が取れるところと取れないところの繰り返しがあることによって、小説世界が広がっていく」と感じるから。人生にも意味のわかる時間と、わからない時間がある。「意味がわかる時間だけで小説を書いてしまうと、実人生の豊かさよりも必ず小さくなってしまう」と作家は言う。

 人間はどうしても意味を求めてしまうが、「ほんとうは意味があって、意味じゃないものがあって。それが両方あることによって、意味でも意味じゃないものでもないものが出てくるみたいな広がりかたが、小説には含まれているんです」。言葉への果てなき信頼がにじんだ。(山崎聡)=朝日新聞2023年8月23日掲載