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「ウクライナ動乱」 いつかくる戦後を考えるために 朝日新聞書評から

評者: 前田健太郎 / 朝⽇新聞掲載:2023年09月23日
ウクライナ動乱 ソ連解体から露ウ戦争まで (ちくま新書) 著者:松里 公孝 出版社:筑摩書房 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784480075703
発売⽇: 2023/07/06
サイズ: 18cm/502,8p

「ウクライナ動乱」 [著]松里公考

 これまで、ロシアによるウクライナ侵略の原因については、多くの分析が行われてきた。だが、仮にウクライナが自国の防衛に成功したとして、その後はどうなるのだろうか。この問いに答えるには、ウクライナ国内の状況を知る必要がある。本書は、ウクライナ政治研究の第一人者が、この戦争の歴史的な背景を解説した作品だ。その特徴は、ソ連解体以後、ロシアとNATOの対立とは異なる論理で、ウクライナ国内でも分離紛争が生じた経緯を描く点にある。
 この紛争の起源の分析は実に興味深い。今日では、ロシア語話者の多い東部・南部とウクライナ語話者の多い西部の民族的な対立が強調されがちだが、それは後から生じた対立にすぎないと著者は言う。むしろ、根本的な問題は経済だ。元々、旧ソ連時代のウクライナは宇宙船を製造するほど重工業が盛んだった。だが、ソ連解体と共に輸出先が失われる一方、西側諸国も景気後退期に入ったため、資本主義で経済が成長するどころか所得が低下し、未(いま)だに旧ソ連時代の水準を回復していない。
 この経済の停滞への不満を民族対立に転化させたのが、政治家たちの選挙戦略だった。重工業地帯の東部を拠点とする勢力は中央政府が東部を搾取していると対立を煽(あお)り、逆に2004年のオレンジ革命では西部のウクライナ民族主義が台頭した。
 それでも、ソ連解体と共に分離紛争が起きた国々に比べて、ウクライナでは国内での権利拡大を目指す穏健な方向性が主流だった。
 しかし、14年のユーロマイダン革命が転換点となる。革命が急進化してウクライナ民族主義が高揚すると、反対派への暴力が広がり、南東各州では緊張が高まった。南部クリミアはロシアの併合を受け入れ、東部ドンバスではロシアが分離主義者を支援して戦争になる。当初は分離に懐疑的だった東部住民も、政府の無差別攻撃を受けて敵愾心(てきがいしん)を抱くようになっている。
 この分析に従えば、単にウクライナが戦争に勝つだけでは、この地に平和は訪れない。重要なのは、ユーロマイダン革命以後の民族主義的な動きを抑制し、多様な市民が共存できる国を作ることだと著者は言う。
 こうした評価を、ウクライナ政府に厳しいと感じる人もいるだろう。だが、著者は14年以降、特務機関の許可を取って東部地域に入り、殺し合いを行う双方の勢力から話を聞き出している。ここまでして紛争の実態に迫った研究者は世界でも極めて少ない。本書は、ウクライナの未来に関心を持つ読者には欠かせない一冊となるはずだ。
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まつざと・きみたか 1960年生まれ。東京大教授。専門はロシア帝国史やウクライナなど旧ソ連圏の現代政治。著書に『ポスト社会主義の政治』、共編著に『ユーラシア地域大国の統治モデル』など。