1. HOME
  2. 書評
  3. 「料理と人生」書評 作家を支えたもう一つの「創作」

「料理と人生」書評 作家を支えたもう一つの「創作」

評者: 長沢美津子 / 朝⽇新聞掲載:2023年10月07日
料理と人生 著者:マリーズ・コンデ 出版社:左右社 ジャンル:その他海外の小説・文学

ISBN: 9784865283778
発売⽇:
サイズ: 20cm/302p

「料理と人生」 [著]マリーズ・コンデ

 食べることは、生きることだと言う。では「料理することは」と問いつつ読むと、私が言葉にできなかった感情に居場所が与えられていた。ひとりキッチンに立つ自由と孤独、小さな優越、やるせなさも全部が自分を生かしているのだと。
 現代カリブ海文学を代表する著者は、被植民地の複雑さ、とりわけ女性をテーマにとる濃密な長編で時代の評価を受けてきた。本書は80歳を超えての回想録で文学と料理という唐突に思える二つが、分かちがたいものとして語られていく。
 白人家庭の腕のいい料理番だった祖母、勉学に励み成功者となる母。料理好きで勉強のできる「怖がり」な娘は、10代で島からフランス本土に渡る。そこは肌の色に始まり、違いが常に問われる世界。アフリカ、アメリカと新天地を求めても、帰る島にも安寧はない。
 ただ、手の中にはいつも料理があった。祖母の生き方を否定した母への反発から執着し、もうひとつの創作になっていた。
 思いのままを表現し、料理には国籍も言語の壁もない。スクレ・サレ=甘さと塩味というチュニジアの味つけを「宝物を見つけた」と喜ぶ場面は印象的で、相反するものが溶け合うことに「豊かな可能性の世界を手に入れた」と記す。
 著者がよって立つ基準は本質的か、表面的に過ぎないか。料理に背中を押されて、「怖がり」の作家は文学にまた一歩踏み出す。
 体の自由を失った終章。家族や友人が一番欲しがる著者のレシピが、アメリカ南部の米料理「ジャンバラヤ」だという話に、胸のすく思いがした。望んでも仲間に迎えてくれなかったアフリカン・アメリカンのソウルフードに、肉も豆も好きなだけ炊き込んでいる。
 ドンと置いた大皿から湯気のたつ食卓を想像する。物語にして残すか、おなかの中に消えるにまかせるか。いまの著者なら、どちらでもいいと言ってくれそうだ。料理することで、人が生かされるなら。
    ◇
Maryse Condé 1934年生まれ。作家。本書は夫の口述筆記で完成した。翻訳された著書に『生命の樹』など。