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「アルツハイマー病研究、失敗の構造」書評 誤りに気づく機会はあったはず

評者: 小宮山亮磨 / 朝⽇新聞掲載:2023年10月14日
アルツハイマー病研究、失敗の構造 著者:梶山あゆみ 出版社:みすず書房 ジャンル:健康・家庭医学

ISBN: 9784622096290
発売⽇: 2023/08/17
サイズ: 20cm/322,16p

「アルツハイマー病研究、失敗の構造」 [著]カール・ヘラップ

 アルツハイマー病の新薬が9月末、承認された。国内でも患者は急増している。朗報と思いきや、これを伝える本紙記事には「課題なお」「慎重な検証を」など、何とも煮え切らない見出しが多い。なぜ?
 本書はもっと辛辣(しんらつ)だ。いわく、「治療効果はごくわずかで、日常生活では患者本人にも家族にも実感されない可能性が高い」。
 こうなったのは不確かな仮説に業界全体がのめり込み、突っ走ってきたからだと著者は言う。途中で誤りに気づける機会もあった。でもすでに大金を投じていたので、もはや引っ込みがつかなかったのだ、と。
 仮説の主役は「アミロイドβ(Aβ)」というネバネバした物質だ。これが脳内にたまるのが引き金になって、神経細胞が死んでいくのでは?
 この仮説が有力になったのは1990年代。若くしてアルツハイマー病になりやすい家系に特有の遺伝子を持たせたマウスは、脳にAβがたまり、記憶力が悪くなった。たまったものを薬で取り去ってみたら、記憶力が復活した。
 みごとな発見。仮説が証明されたわけではなかったものの、多くの人が明るい未来を信じた。人間でも同じ治療をしよう!
 一刻も早く薬を、と望む政府。新商品がほしい製薬産業。研究費を求める大学。利害が一致し、巨額を投資した。異論を言う研究者は無視し、抑圧した。
 それから20年。人間だとAβを除去しても、病気の進行は止まらなかった。Aβが作られるのを防ぐ薬を試しても、結果は同じ。話題の新薬は症状が進んだ患者には使えず、脳のはれや出血という副作用がある。
 創薬という特殊な業界の話、ではある。ただ――。
 「次こそは成功」と頑固に信じる。保身のため、失敗を失敗と認めずに問題を先送りする。耳に痛い助言を聞きたくても、周りはイエスマンばかり。
 他人事とは思えないのは、私だけでしょうか?
    ◇
Karl Herrup 米ピッツバーグ大医学校神経生物学教授。香港科技大生命科学教授(兼任)。