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高橋康介さん「なぜ壁のシミが顔に見えるのか」インタビュー 制御し難い不思議な知覚

高橋康介さん

 あれは数十年前、東北の古いビジネスホテルに泊まった時のことであった。寝苦しい晩で豆球に照らされた天井を見ていると、次第にシミが顔のように浮き上がってきた。苦悶(くもん)の表情の中年男。慌てて布団をかぶり、私は震えながら眠りに落ちた。南無阿弥陀仏と唱えながら――。

 こんなごく私的な恐怖体験に、学術的な名前がつくことが分かった。パレイドリア。あるパターンに対して本来そこにはないものを読み取ってしまうという定義である。怪現象はもとより、スマホの絵文字も顔文字も火星の人面岩もこれだ。著者は認知心理学者として、この不思議な現象について長く研究し「おそらく世界初の学術的解説書」を出した。

 「この現象は、行動を変えてしまう力がある。偽物だろう、間違っているだろうとわかった上でも、なかなか修正しきれません」。研究室に閉じこもらず、フィールドにも出る。東アフリカ、タンザニアの人々に日本の絵文字を見せても意味を読み取れない例があるなど、パレイドリアが文化に依存することも突き止めた。

 並行して、ロボットなどの非生命に生きものらしさを感じてしまうアニマシー知覚の研究もしている。ふたつを貫くのは、あらゆるものに過剰な意味を見いだしてしまう人間の性質。「情報としてはすごく限られているのに、ここまでを見たいという過剰な認知バイアスがかかり、人間はギャップをポイッと埋めてしまうわけです」

 いま、知覚心理学のアートへの援用やアニマシーのVR技術への応用、さらにはパレイドリアを無効化する研究もしているという。

 なんたる福音。では、その日が来るまでの間、壁のシミが顔に見えてきたら私は「パレイドリア!」と唱えるのだ。念仏の代わりに。(文・写真 木村尚貴)=朝日新聞2023年10月21日掲載