1. HOME
  2. コラム
  3. 子どもの本棚
  4. 「杉森くんを殺すには」ほか子どもにオススメの3冊 取りもどしていく、心と関係

「杉森くんを殺すには」ほか子どもにオススメの3冊 取りもどしていく、心と関係

「杉森くんを殺すには」

 「杉森くんを殺すことにしたの」。高校1年生のヒロは、兄のミトさんに電話し、そう決意を伝える。自分のやり残したことをちゃんとやっておくことと、裁判の証拠になるから杉森くんを殺す理由をきちんとまとめておくようにアドバイスをうけたヒロは、自分の気持ちにむきあい記しはじめる。杉森くんを殺さなければならない理由が15個、書き出される。

 なんというタイトルだろう! 鮮烈なはじまり。読み進めていくうちに読者が目の当たりにする驚きの事実。しかし、いつしか繊細な心の揺れに寄り添って読み込んでいることに気づく。書くことによって少しずつ自分を取りもどしていくヒロの心情から、目が離せなくなってくる。バラバラになった心や人との関係性が、だんだんとつながっていく。

 人との距離感や寄り添い方には正解がない。人間関係や生きることに悩み多い世代に、いますぐ読んでもらいたい。ヒロがなぜ、どうしても杉森くんを殺さなくてはならなかったのか、その理由をぜひ考えてみてほしい。(長谷川まりる作、おさつ絵、くもん出版、1540円、中学生から)【丸善丸の内本店児童書担当 兼森理恵さん】

「暗やみに能面ひっそり」

 小学4年生の宗太は夏休み、母の出張のため、京都でくらす能面師のおじいちゃんのところで過ごすことになった。最初は緊張したが、着いてみると京都の古いくらしぶりが新鮮でわくわくしてきた。壁にかかっているいろいろな表情の能面を見ているうちに、おじいちゃんの手仕事に興味を持った宗太は教わりながら能面を打たせてもらうことに。伝統工芸の技術を通して、おじいちゃんと孫の触れ合う姿がほほえましい。能というあまりなじみのない世界を身近に感じさせてくれる物語。(佐藤まどか作、アンマサコ絵、BL出版、1760円、小学校中学年から)【ちいさいおうち書店店長 越高一夫さん】

「その絵ときたら! 新しい絵本の時代をつくったコールデコット」

 アメリカで最もすぐれた絵本の画家に贈られるコールデコット賞は、イギリス生まれの画家ランドルフ・コールデコットの名を冠している。彼は小さい時から暇さえあれば絵を描いていたが、父親はそれが気に入らず息子を銀行に就職させる。それでも彼はあきらめない。体は病弱だったが、当時としては画期的な、勢いや動きのある絵を次々に描いていく。この伝記絵本にはコールデコット自身の絵も何点か入り、巻末には資料があり、楽しい訳がついている。コールデコット賞に輝く画家たちが登場するページもあるよ。(M・マーケル作、B・マクリントック絵、福本友美子訳、ほるぷ出版、2640円、小学校中学年から)【翻訳家 さくまゆみこさん】

「魔女の一日」 心のほうき持って、空想楽しんで

飯島都陽子さん

 絵本「魔女の一日 魔女になるための秘密」(飯島都陽子作、山村浩二絵、金の星社)は、等身大の魔女の姿を伝える。

 ページをめくると、魔女の生活が少しずつ明らかになっていく。夜明け前に森でハーブを集め、病気に効く薬を作る。熱心に魔術の勉強をする。ほうきにまたがって空を飛ぶ……ことができず何度も落ちて足腰を痛める。地道に努力する日々が見えてくる。

 作者の飯島さんは「なにごとも、時間をかけないとうまくできないことを描きたかった」と話す。主人公は680歳くらいだという。「魔女の世界ではやっと一人前として認められるくらいの、これからという年頃です」

 絵を手がけた山村さんは世界的なアニメーション作家。魔女はかぎ鼻でイボがあり、少し近寄りがたい風貌(ふうぼう)に。夜明け前や月明かりの色みは繊細なグラデーションで描き出す。

 作中の「魔女の素質」チェックリストには〈いつでも物語の世界へ飛んでいける心のほうきを持っている〉という項目がある。「物語を楽しみ、空想できる人は、目に見えない世界のことも信じられる。自分を解放し、縛られずにいることが魔女になるための道です」と飯島さんは語った。(田中瞳子)=朝日新聞2023年10月28日掲載