今年の山田風太郎賞が前川ほまれさんの「藍色時刻の君たちは」(東京創元社)に決まった。ヤングケアラーたちの青春と成長を、東日本大震災前後の時の流れのなかで描いた重厚な小説。前川さんは先月20日の会見で「書きたかった二つのテーマを合体させた作品。受賞は信じられない」と喜びを語った。
物語の語り手は宮城の港町に暮らす3人の高校2年生。いずれも精神疾患のある家族を抱え、孤立した日常を送っていた。終わりの見えない介護の日々だったが、都会から移住してきた女性の登場により、淡い光が差す。だがその矢先、東日本大震災が起きる。
前川さんも宮城出身。震災時は関東の看護学校に通っていたが、地元は津波に襲われ、友人や知人を亡くした。2017年、特殊清掃の専門会社を題材にした「跡を消す」でポプラ社小説新人賞を受けてデビュー。看護師として働きながら、医療現場の知見を生かした小説を書いてきた。
受賞作の執筆のきっかけも職場で出会ったヤングケアラー。高校時代に同じような境遇にあった友人を思い出した。「彼らが大人になったとき、どんな思いで生きているのかを想像したかった。時間の経過を織り込む際、デビュー時から書きたかった震災にも向き合うことになった」
物語の後半は震災から11年後、東京で再会した3人の生活を描く。震災孤児、精神疾患、同性婚などを巡る課題が盛り込まれ、現代社会を映し出す。
選考委員の貴志祐介さんは「つらい立場にある当事者を並列して書くのではなく、彼らがぶつかりあって化学反応を起こし、その先にある希望を描いた点がすばらしい」と評した。
前川さんは会見をこう締めくくった。「この作品を書くことによって、心に区切りとなる薄い線を引くことはできた。だからといって震災を忘れることはない。ずっと心の中に残っています」(野波健祐)=朝日新聞2023年11月1日掲載