「マルクス解体」書評 最新研究ふまえた清新な切れ味
ISBN: 9784065318317
発売⽇: 2023/10/26
サイズ: 20cm/409p
「マルクス解体」 [著・訳]斎藤幸平
本書は派手に広告されているが、その内容は晩期マルクスの環境思想を発掘しようとする実直な研究書である。しかも、もとは英語で刊行された。人文・社会科学の分野で、日本人が外国語で理論的著作を発表し、それが好評を得ることはめったにない。この快挙は、著者が普遍的な地平で思考してきたことを物語る。
マルクスの『資本論』は未完に終わったが、その代わり晩年にかけて大量の研究ノートと草稿が遺(のこ)された。著者はこのノートの核心に、エコロジカルな経済学批判を認める。マルクスは自然科学に熱中し、特にリービッヒによる掠奪(りゃくだつ)農業批判に触発された。掠奪的な資本主義は、自然と人間のあいだの「物質代謝」の循環に亀裂を入れ、土壌を荒廃させ、そこから来るトラブルを他に「転嫁」することで拡大する。彼はこの資本の飽くなき成長が、世界規模の裂け目を生じさせることを予想していた。
ゆえに、晩年のマルクスが前資本主義的な「最古」の協同生活を評価したのも不思議ではない。自然の支配に駆り立てられた近代のプロメテウス主義、自然と社会の区別をあいまいにするB・ラトゥール流の現代の一元論、そのいずれも批判する著者は、ルカーチ流の「方法論的二元論」に立つ。そして、具体的な実践の手がかりを、古い社会にあった「協同的富」の回復が「ラディカルな潤沢さ」につながるというマルクスの考えに求める。それが「物質代謝の亀裂」を修復する道なのである。
どしゃぶりのように多いマルクス論のなかで、本書は近年の研究の進歩を踏まえた清新で切れ味のよい議論を展開した。エンゲルス以降の社会主義は、環境思想を抑圧し、生産力をあげれば労働者も解放されるという成長主義に陥った。だが『資本論』が完成していれば、むしろ脱成長論の先駆者としての《緑のマルクス》が立ち現れただろう。そう思わせるだけの迫力が本書にはある。
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さいとう・こうへい 1987年生まれ。東京大准教授(経済思想・社会思想)。著書に『人新世の「資本論」』など。