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政治、文化史をも重層的に組み込んだ王朝絵巻「散華 紫式部の生涯」 谷津矢車が薦める新刊文庫3点

  1. 『散華 紫式部の生涯』(上・下) 杉本苑子著 中公文庫 上1540円、下1430円
  2. 『伊勢物語』 川上弘美訳 河出文庫 880円
  3. 『鬼棲(す)むところ 知らぬ火文庫』 朱川湊人(しゅかわみなと)著 光文社文庫 880円

 今回は「平安時代を舞台にした小説」で選書。

 紫式部の生涯を描いた歴史小説である(1)は、貴族文化の爛熟(らんじゅく)期であると同時に新たな時代の息吹も立ち上る藤原道長の時代を背景にした王朝絵巻。利発なために物語を創る道を選び、結果的に政治の世界と関わらざるを得なかった一人の女性として紫式部を彫塑(ちょうそ)。それとともに同時代の女性たちとの関わりや関係性を編み込むとともに彼女に関わった男たちの群像も描き出し、平安時代の政治、文化史をも重層的に組み込む傑作。

 平安時代の恋と愛の歌物語を当代一流の小説家が翻訳する(2)は、親しみやすく直感的な訳が、男と女の実相をビビッドに浮かび上がらせている。現代人とまったく異なる心象風景を楽しむもよし、現代人との共通点を探すもよし、平安時代人の恋愛観や人生観に面食らいつつ、その背後に裏打ちされているわたしたちとの共通点に注目してほしい。時にわたしたち人間を縛る恋愛の魔が、物語の隙間からこちらを覗(のぞ)き込んでいることに気づくはずだ。

 様々な時代の古典作品に材を得て展開される「知らぬ火文庫」シリーズの一つである(3)は、今昔物語などの古典説話集に登場する鬼に着目、「鬼」という偏狭な生き方しか選び取ることの出来なかった彼/彼女らの声にならない慟哭(どうこく)を丹念に拾い上げている。貴族文化華やかなこの時代は、鬼が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する暗黒の時代でもあった。王朝絵巻には描かれない、もう一つの平安時代を描いた作品といえよう。=朝日新聞2023年11月18日掲載