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「細部から読みとく西洋美術」書評 気づいたらみんな美の批評家に

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2023年12月02日
細部から読みとく西洋美術 めくるめく名作鑑賞100 著者:スージー・ホッジ 出版社:フィルムアート社 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784845921195
発売⽇: 2023/09/26
サイズ: 26cm/439p

「細部から読みとく西洋美術」 [著]スージー・ホッジ

 「神は細部に宿る」と誰が言い出したか知らないけれど、一種のアニミズムであらゆる自然界の現象に霊魂の存在を認めるいわゆる精霊崇拝、そんな視点で絵画を見たら今までの景色ががらりと変わるぞ、と言いたい本がこれ。
 一枚の絵をバラバラの破片にしてその一片から何が見えるかと、まるで重箱の隅を楊枝(ようじ)でほじくるような、と言ってしまえば、取るに足らないつまらないことをうるさく言うようだが、まあ、そんな部分もなきにしもあらずの内容だ。
 さて、本書は中世のジョットからキーファーら今日の現代美術まで名作の一点を、ことごとくバラして「ここがこうだ、あそこがどうだ」と、美術史家、作家、アーティスト、ジャーナリスト、その他マルチプルな肩書のスージー・ホッジさんが、分析、解析する。その面白さは時にスリリングであるが、読者は別にその考えに従う必要もなく「あっ、こんな見方や捉え方、描き方があるのか」と多様な批評的視点に共鳴したり、あきれたりすればいつの間にか本書の虜(とりこ)になって、時には曇っていた目が突然晴れて目から鱗(うろこ)が落ちるという経験や急に物事がよく見えたという体験をして、やっぱり神は細部に宿っていたのだと改めて認識し、自らも美の批評家になっていることに気付いて「あっ、そうなんだ」と思うに違いない。
 例えばダビンチのモナリザに眉や、まつ毛がないことに気付いた著者は、このモデルは流行に敏感だったからだとか、修復後に消えてしまったのだとか、顔料が色あせたのだとか、あれこれ想像するが、僕はそうは思わない。ただ単純に最初から描きたくなかっただけのことで、未完のように思わせたかっただけのことだと、こんな風に著者に意見するのも面白い読書体験になるのではないだろうか。
 それから切り取られた細部だけを見ていると、絵画は結局抽象の集積だということもわかる。
    ◇
Susie Hodge 著書は100冊以上。邦訳書に『世界をゆるがしたアート』『美術ってなあに?』など。