きっかけは「火焰太鼓」
――落語好きで知られる南沢さんですが、落語にハマったきっかけを改めて教えてください。
高校1年生のときに国語の授業で読書感想文の課題があって、佐藤多佳子さんの小説『しゃべれどもしゃべれども』(新潮文庫)を読んだのがはじまりでした。落語家さんが主人公で、学校でいじめられている男の子や上手く喋ることができないテニスのコーチなど、ちょっとコミュニケーションで悩みを抱えている人物たちが落語を通して人間的に成長していくお話で、まさに当時の自分を見ているようだったんです。
人見知りで友だちもうまく作れないし、ちょうど俳優の仕事も始めた年でどうやって大人の方々と接したらいいのかもわからなかった。そういう人付き合いでの悩みがあった時期にこの小説に出会ったので、落語を聞いたら私も小説の登場人物たちのように変われるかもと思って、学校の図書室に行って落語のCDをパッと手に取って聞いてみたんです。その時聞いた落語が古今亭志ん生師匠の「火焔太鼓(かえんだいこ)」だったんですけど、それがめちゃくちゃ面白くて、自らどんどん聞くようになり、寄席にも通うようになりました。
――どんなところに魅力を感じたのでしょうか。
志ん生師匠の落語を最初に聞いたときは、本当に何を言っているのか分からなかったんですけど、耳心地がいいのでつい聞いちゃうし、フレーズや言い回しでなんとなく笑えたんですよね。江戸が舞台なだけに時代も違うから分からないこともたくさんあったんですけど、それでも笑える、楽しめるというのが面白くて、古典落語をたくさん聞くようになりました。1人で語るだけであんなに想像が広がって景色が見える芸ってすごいなと、感動したんです。
ただただ笑うだけ、あの雰囲気が好き
――いまはCDやYouTubeなどいろんな形で落語に触れることができますけど、本書を読んでいて感じたのが南沢さんの寄席への愛でした。特に寄席の好きなところは?
あの寄席の空間ならではの雰囲気が好きなんですよね。お客さんみんなが楽しむために来ています、みたいな感じ。芸を見ながら、声を出して笑ったり、お弁当を広げたり、お酒を飲んだり。そういう気楽さのある、リラックスした空間がめちゃくちゃ心地いいんです。
しかも寄席って、落語だけじゃなくて漫才や漫談、マジックなど次々といろんな方が出て、お客さんをずっと飽きさせないような構成になっている。本当に個性豊かな出演者の方がそろうので、遊園地に来たみたいで楽しいんですよね。落語だけでもいろんな噺が楽しめますし、演者によってさまざまなパターンの落語を聞くこともできるので、落語がはじめての人には、私はまず寄席に連れて行きます。そこで自分の好みを探してもらうんです。
――周りの人たちに落語の布教活動はけっこうされているんですか。
寄席には家族を誘って行ったり、共演者の方を連れて行ったりしたこともあります。落語に興味があったり、少し聞いたことはあっても生では聞いたことがなかったりする方を連れて行くと、大体リピートしてくれますね。ただただ笑うだけの空間、あの幸せな空気を味わってもらうだけでも寄席に連れて行くのはやっぱりいいなと思います。
話芸から人間性が見える
――南沢さんは「南亭市にゃお」という高座名で高座に上がった経験もあります。エッセイでもその舞台裏が綴られていますが、お芝居と落語ではどんなところに大きな違いがあると感じましたか。
やっぱり一番は、落語では演じすぎてはいけないっていう点ですね。お芝居ではいかに役に入っていくか、その人物になりきるかという部分があると思うんですが、落語は何人もの人物を演じながら物語を展開させていく話芸なので、「南亭市にゃお」としてそれぞれの人物を語らなければならない。お芝居ではいかに自分をなくすかみたいなところがあるけれど、落語は自分をなくさずに自分でどう語るか。だから落語を見聞きしていると、演者の人となりや人間性、人間味が見えてくる感じがするのかもしれません。
――落語に触れてきたことで俳優業に活かせたことはありますか。
落語って、同じ噺でも演者によって解釈がさまざまですよね。そんな落語を知ったことで、いろんな角度から一つの作品を見られるようになったと思います。台本を読んだ最初の印象や演出家さんのプランなどに縛られて凝り固まってしまうことがあったんですけど、他の見方や解釈もできるだろうと考えられるようになりました。
あと落語を実際にやってみて思ったのは、本当にちょっとした所作が意味を持ってしまうということ。そこまで私は意識していなかったんですけど、お芝居もそうだなと気づきました。特に舞台では全身を見られるので、頭の先から足の指の先までしっかり意識して表現していきたいと思っています。
――もしも再び高座に上がることがあるとしたら、どんな噺をやってみたいですか。
大変なので次にやるというのをあまり考えてはないんですけど(笑)、いつか粗忽もの(そそっかしい人の噺)はちょっと阿呆っぽい感じで演じてみたいです。あんまり私のイメージにないところでもあるし、好きな噺も多いので。あとは廓噺(くるわばなし、遊郭を扱った噺)とかもいいですね。
――振れ幅がすごいです(笑)。どちらも実現したら、新境地となりそうですね。落語は本がきっかけとなって出会えた世界ですが、読書家の南沢さんにとって他にも読書を通して出会えた新しい世界はありますか。
どんな本を読んでも毎回新しい世界を見せてもらっている感じはあるんですけど、何か行動に移したものということであれば、山登りですかね。元々ちょっと興味はあったものの踏み出せずにいたのですが、鈴木ともこさんのコミックエッセイ『山登りはじめました』(KADOKAWA)を読んで思ったより気軽に行けるのかもしれないと、ちょこちょこ行くようになりました。あとは、好きな益田ミリさんの旅の本を読んで旅先を決めることもあります。いままでいろんな本を読んできましたけど、趣味も生き方も仕事に対する姿勢も、本からの影響というか、成分でできているっていう感じがしますね(笑)。
最近は、詩や俳句、短歌にもちょっと興味が出てきました。本を通して出会わなかったら多分一生関わることはなかっただろうと思います。作ることまではしていないですけど、アンテナを張っているだけでもキャッチできるものが増えますよね。やっぱり自分の感覚を広げるためにも読書ってすごく大事だなと思っています。
インタビューを音声でも
ポッドキャスト「好書好日 本好きの昼休み」では、南沢奈央さんのインタビューを公開しています。南沢さんが自らの口で語る、熱い「寄席愛」をお聴きください。