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『私たちはいつから「孤独」になったのか』書評 社会との相互作用で解く感情史

評者: 小澤英実 / 朝⽇新聞掲載:2024年02月24日
私たちはいつから「孤独」になったのか 著者:神崎朗子 出版社:みすず書房 ジャンル:社会学

ISBN: 9784622096559
発売⽇: 2023/11/20
サイズ: 20cm/284,36p

『私たちはいつから「孤独」になったのか』 [著]フェイ・バウンド・アルバーティ

 孤独とは、人が抱く感情のなかでもとりわけ複雑で不思議なものだ。英語ではソリチュード(愉〈たの〉しめる孤独)とロンリネス(不幸でつらい孤独)とを使い分けるが、孤立や疎外のようなネガティブな面も、自分と向き合い内省を促すポジティブな面もある。単一不変の感情ではなく、ライフステージや経済的・社会的状況によって流動的に変化するし、その実態は不安や悲しみや怒りや安らぎなどさまざまな感情が混じり合う感情「群」に近い。
 そんな「感情状態」としての孤独の歴史を辿(たど)る本書は、欧米では産業革命後に生まれ、近代の疫病とされる孤独が、個人主義や新自由主義の台頭する社会と人間との相互交渉を通じて循環的にかたちづくられてきたことを浮き彫りにする。
 検証に登場する多彩なエピソードが本書の持ち味。『嵐が丘』と同作をモチーフにしたファンタジー『トワイライト』シリーズからみる、人間の孤独を募らせるソウルメイトという概念の功罪。最愛の夫との死別に打ちのめされるヴィクトリア女王から、加齢が「負債」となってしまった高齢者の孤立や、SNS上で他人と自分を比較して感じる孤独まで。古典文学の登場人物の感情に、現代の私たちは時を超えて共感する。だがその感情は普遍的であると同時に、描かれた当時の歴史的・社会的状況に構築されてもいる。その双方の要素を捨象しないことの重要さが、本書を読むとよくわかる。
 「心は孤独な狩人」「長距離走者の孤独」など小説の題名にも合う孤独には、人の心の内奥にあるプライベートな情感のイメージがある。だがすべての感情は政治的であり、「この歴史的瞬間において、孤独ほど政治的なものはない」という著者の表明に目が覚める思いがした。感情が、個人と社会、精神と身体をつなぐ双方向のプロセスで生まれると一貫して説くバランスの良さもいい。感情史の面白さを味わえる快著だ。
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Fay Bound Alberti 1971年生まれ。ロンドン大キングス・カレッジ近現代史教授。専門はジェンダーなど。