「ベスト絵本のリストではないんですよ。子どもたちと一緒に読んできた絵本です」と正置さん。0~1歳半ごろの赤ちゃんに向けた第1章から大人に向けた第10章まで、年齢を目安に紹介される。海外作品も多い。絵本を通して、生きる哲学が語られる。
冒頭は松谷みよ子「いないいないばあ」(童心社)。瀬川康男の絵も生き生きと、正置さんが子どもたちに最も多く読んできた本だ。これは赤ちゃんが人生の練習をする絵本ではないかとつづる。大好きな人が顔を隠すことはその人を失うことであり、「ばあ」と現れると再会である。別れと出会いを繰り返し、希望を持って生きてほしいという願いを感じる。
中学生の子どもたちを意識したのは第8章。「心身がアンバランスで自分をもてあます年ごろですから、気持ちを落ち着けるのに絵本はぴったり」。例えば、こんなに大きくなったんだねと感慨をこめてマリー・ホール・エッツ「赤ちゃんのはなし」(福音館書店)をあげる。命が宿り、生まれて家族に迎えられるまでを描いたアメリカの作品だ。性教育の意味でも伝わるものがある。
第10章は「おとなにも絵本という贈り物を」。その1冊「ちいさいおうち」(岩波書店)はちいさいおうちが時代の移り変わりを見つめ続ける話だ。表紙の絵に「HER―STORY」とある。女性も自分の人生を生きようというメッセージを作者のバージニア・リー・バートンはこめたのだろうという。
できれば、絵本は読んであげてほしいと正置さんはいう。「絵本にこもる作者の思いに、親たちが自分の思いを重ねて、子どもに読む。すると、声を通して思いが子どもに伝わり、その子の一生に伴走するでしょう。絵本は人と人を結び、生きる力を育むんですね」
しかも絵本は絵という美術、言葉という文学を融合させたもの。「ともに生きるための、暮らしの中の総合芸術なんです」
正置さんはイギリスでビクトリア時代の絵本を研究して博士号をとり、大阪大学大学院でも「子どもと絵本を読むこと」を哲学的に論じて博士号を取得した。聖和大学教授を経て今、大学の認定絵本士養成講座で教える。
一方、団地の一角で青山台文庫を1973年から続ける。乳幼児に読む「だっこでえほんの会」も2001年から。そこに通う子どもたちに絵本の持つおもしろさ、深さを教えられたと話す。「子どもの力を信じ、子どもの心が育つような本を選んでいただきたい」(河合真美江)=朝日新聞2024年3月6日掲載