グルナさんは1948年に英保護領だった東アフリカのザンジバル(現タンザニア)で生まれ、革命の混乱を受けて、67年にイギリスへ渡った。大学で文学を教えながら英語で執筆を続け、植民地化がもたらした影響と、自国を離れて生きることをテーマに数多くの小説を手がけてきた。
「楽園」は、94年に発表された長編小説。20世紀初頭の東アフリカ沿岸地域を舞台に、父親の借金の形として大商人に引き渡される主人公、少年ユスフの受難と成長を描く。日本で紹介する1作目に本作を選んだ理由について、粟飯原さんは「彼の作品には、いわゆるスワヒリ世界の文化や社会、歴史が濃厚に映し出されている。『楽園』は、それが凝縮されたかたちで表された作品だ」と話す。
また、欧米やロシアの文学を中心に親しんできた日本の読者にとっては「遠い世界」という印象を持たれるアフリカ文学にあって、「シンプルな文体で、なじみやすい。しかも、背景を知らなくても少年の成長物語や冒険物語としても読める」と太鼓判。「文化や社会はまったく見知らぬものであっても、人物の心情や経験を身近に感じ取れる。そういう読書のすばらしさを本当によく伝えてくれる作品だと思います」
一方で、深く読もうとすればするほど「テクストの向こう側に広がる豊穣(ほうじょう)な世界が垣間見られる」作品でもある。「スワヒリ世界はインド洋を介して、アラブやペルシャ、マレーシア、中国までつながる非常に長い歴史と人々の往来によって形成されてきた」。その上で、「いまタンザニアと呼ばれている地域がいかに複雑で、多言語で、いろんな文化が混ざり合っているかが非常によくわかる作品ではないか」と語った。
「楽園」は「グルナ・コレクション」の一冊として刊行され、今後も続刊が予定されているという。(山崎聡)=朝日新聞2024年4月10日掲載