「経営」と聞いて多くの人が真っ先に想像するのは、会社や組織で利益を追求することだろう。だが、気鋭の経営学博士である著者は、それは「経営」という概念に対する誤解だと説く。経営の本来的な意味とは、〈価値創造(=他者と自分を同時に幸せにすること)という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること〉。この概念によって世界を見つめ直せば、世の中のあらゆるところに「経営」は溢(あふ)れている、というのが本書の一貫した主張だ。
著者は経営的な思考を身に付けることによって、世界の見方ががらりと変わる可能性を読者に示す。そのために敢(あ)えて「令和冷笑系文体」なるスタイルを駆使。仕事、家庭、老後、芸術などのテーマごとに、「経営概念」の誤解によって生じる様々な悲喜劇をユーモアたっぷりに描いていく。
目の前にある局所的な解にこだわり過ぎると、ときに人は「目的」と「手段」を取り違える。私たちの日々は困難な課題に満ちているが、人生の究極の目的を意識する経営的視点を持てば、あらゆる出来事が幸せになるためのプロセスに見えてくる。著者が軽妙なエッセーに込める本質的なメッセージに、私は大いに励まされるものを感じた。
その上で本書が伝えるのが、「価値有限思考」から「価値無限思考」への転換だ。有限な価値を奪い合っている限り、人は他者とともに幸せにはなれない。だが、「経営」の視点で世界を捉え直すと、「価値」とは奪い合うものではなく、無限に創造できるものであると気づく。そのとき他者は価値をともに創り出す仲間となるのだという主張には、極めて今日的な問いが込められていると言えるだろう。=朝日新聞2024年4月20日掲載
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講談社現代新書・990円。7刷9万1千部。1月刊。「誰もが人生を経営する当事者であることを示し、価値の奪い合いから創り合いへシフトしようという考え方に共感が集まっている」と担当編集者。