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結城真一郎さん「難問の多い料理店」インタビュー ゴーストレストランで探偵業、「ひょっとしたら本当にあるかも」

結城真一郎さん=北原千恵美撮影

フードデリバリーは最も身近にある「日常の謎」

――『#真相をお話しします』でもマッチングアプリやリモート飲み会など現代的な事象をモチーフにしていましたが、今回、フードデリバリーに注目した理由を教えてください。

 初めて連作短編に挑戦することになり、その器や構造に耐えられる設定ってなんだろうと考えたんです。フードデリバリーの配達員には積極的にこの仕事をしている人もいれば、やむを得ずやっている人もいて、それぞれに事情がある。配達員同士の人間模様もあるだろうし、なにより、配達員がお客へ料理を受け渡すときに、双方の人生が交わる瞬間があるんですよね。いろんな角度から物語を書けると感じて「ビーバーイーツ」を中心に据えました。

――探偵役のオーナーシェフが営むのは〈ゴーストレストラン〉。実店舗を持たず、レンタルキッチンで「元祖串カツ かつかわ」「カレー専門店 コリアンダー」「本格中華 珍満菜家」など、複数のお店の注文を受け付け、実際にはひとつの厨房(ちゅうぼう)で作って提供しています。こんな業態があることを初めて知りました。

 僕も担当編集さんに教えてもらって知ったのですが、アメリカや中国ではメジャーだそうです。本作のようにレンタルキッチンの場合もあれば、どこかの飲食店の片隅にそれ用の調理場があって、実店舗と並行してやるところもあるとか。フードデリバリーサービスが台頭していなかったら誕生しなかった、まさに「今」のビジネスモデルですよね。

 「ゴースト」という名前にも惹(ひ)かれました。みなさん、配達員が配達している姿は街中で見たことがあると思うのですが、じゃあ実際にはどんなシステムで、何が行われているかって、全然見えない。最も身近にある「日常の謎」がそこにはある。「こんなこと現実には起こるわけない……とは言い切れない」というラインを狙っていきたいんです。

現代版の「安楽椅子探偵」は

――探偵役が一歩も動かず、配達員を使って謎を解く構造にも驚かされました。

 これは、助手や新聞などを手掛かりに謎を解いて自分は動かない、いわゆる〈安楽椅子探偵(armchair detective)〉の手法で、それ自体は昔からある形なんです。ずっと厨房にいるオーナーシェフがいて、複数の配達員が出入りして……という今回の舞台にぴったりだと思ってそういう設定にしたのですが、現代ならではの〈安楽椅子探偵〉にできたかなと思います。

――さらにその探偵役が、主人公でありながら名前さえ明かされない謎の存在というところも面白いですね。

 昔からある〈安楽椅子探偵〉をフードデリバリーサービスに当てはめただけでしょ? と思われるのは不本意だったので、従来とは違う探偵像にしようと思いました。彼は謎解きをあくまでも商品として提供している人で、その答えも、真実かどうかよりも顧客が満足するかどうかを重視します。

すべての謎解きは解釈に過ぎない

――それがこの作品の肝ですね。作中ではニーチェの言葉「事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである」(『力への意志』第481節)も印象的に使われています。

 この言葉は、書き始めた当初からこの物語の核心として頭にありました。個人的に推理小説を読んでいて、探偵役に対して「そこまで決めつけて大丈夫?」「それってエゴじゃない?」みたいに思うことが時々あって。それを逆手にとって、「もはや真実とかどうでもいい、相手が満足する回答を出してやるだけだ」っていうところまで振り切ったらどうなるのか、見てみたかったんです。

――非常に現代的ですね。個人の見解がSNSによってまるで事実のように流布されていく今を投影しているかのようです。

 小説を説教じみたものにはしたくないですが、やっぱり念頭にはSNSのいろんなムーブメントがありました。だれかが「これは事実だ」と告発して、いや、そうじゃないと公式に否定されても、次は「事実だったけど、もみ消されたんだ」と解釈されて広まっていく。みんながそれぞれ信じるものを信じて、踊らされている時代ですよね。

――「その人の解釈しだい」という点でいえば、今回、事件ごとに違う背景を持った配達員が情報を集めるので、オーナーシェフに事件の情報を伝えるときに自分の解釈が入ってしまうんですよね。

 そうなんです。一人の配達員に固定しても書けたのですが、やっぱり僕は、以前だったら交わらなかった人たちが、新業態によって触れ合うようになった、というところにすごく面白みを感じていて。たとえば、1話目の「転んでもただでは起きないふわ玉豆苗スープ事件」では、大学生の配達員が六本木の高級マンションに住むインテリヤクザ風の男から依頼を受けます。この2人もビーバーイーツがなかったら交わるはずのなかった2人。その化学反応が起きたとき、「こういう事件が起こったとしても不思議ではない」と読者に思ってもらえるのではないかと思いました。

現実が小説に近づいてきた

――結城さんの作品はいつも、「もしかしたら自分も危ないかも」と思わされます。配達員たちは初回、オーナーシェフから「1万円で料理と一緒にこのUSBを配達してくれ」と頼まれますが、みんな怪しいと思いながらも引き受けてしまうんですよね。ふつうの人が闇の世界に触れてしまう瞬間に説得力がありました。

 最近似たようなことが現実世界でも起こりはじめましたよね。闇バイトとか、ふつうの大学生がオレオレ詐欺の出し子を引き受けちゃうとか……。僕としては、世相を切るというような意識はなくて、こういう依頼をされたら引き受けざるをえないような配達員、という設定だったので当然の帰結でした。結果的に現実とすごくリンクしているのであれば、現代は多くの人に経済的な余裕がなく、以前より闇の世界が近くなっているのかもしれませんね。

――「おしどり夫婦のガリバタチキンスープ事件」では配達員の夫婦のすれ違いが描かれていて、「ままならぬ世のオニオントマトスープ事件」では配達員の親子関係が描かれます。ただ事件と謎解きがあるだけでなく、配達員が事件に接することで反省したり、人生が好転したり。さらに、バッドエンドバージョンがあるのも魅力でした。

 配達員のその後を描いたのは、やはり、人生が交錯したときに起きる化学反応に興味があったからです。そして、結末をいろんな味にしたのは、読者の「こうくるだろう」という想定を裏切りたいと思ったからです。依頼や情報収集、解決などの一連の流れはそろえ、一定の様式美はありつつも、毎回ちょっとずつズレがあったり、同じように見せかけて実は違う部分を入れたりしたので、面白がってもらえたらうれしいです。

謎解き、サスペンス、人情、アイロニー詰め込み、多様な味わい

――謎が解けたときは、オーナーシェフが「汁物 まこと」というスープ専門店に「転んでもただでは起きないふわ玉豆苗スープ」など、暗号メニューを出品し、依頼主はそれをオーダーすることで答えを知ることができるシステムです。どのスープも結構おいしそうですよね。

 「転んでもただでは起きない」とか「ままならぬ世の」は創作ですが、スープ自体はレシピ検索サイトで見つけた本当にあるスープなんですよ。

――だからなんですね。なぜ汁物にしたんですか?

 それは、店名の「汁物 まこと」が「知る者 まこと」、つまり「真実を知る者」というダブルミーニングになってるんです。

――ほんとだ、気づかなかった! では、この『難問の多い料理店』の一番のおすすめメニューはなんですか。

 どれも自慢の一品ですが、とくにお気に入りは「悪霊退散手羽元サムゲタン風スープ事件」です。まず、締め切り1カ月前までノーアイデアだったので、産みの苦しみを経て、書き上げた時の快感がハンパなかったという個人的な理由がひとつ(笑)。それから、これはマンションに奇妙な置き配が連続して届く、という事件なのですが、デリバリーサービスが重要なカギを握っているところや、配達員の人生が事件に触れたことで変わるところが、この短編集のカラーを一番濃く反映しているのではないでしょうか。ありがたいことに「本格ミステリー作家クラブ」が毎年出している『本格王2024』にも選んでいただきました。

――読者にこの料理店をどう楽しんでほしいですか。

 楽しみ方は人それぞれ。料理店に行くとき、雰囲気目当ての人もいれば、食事目当ての人もいて、食事も、味、量、盛り付けとそれぞれの角度で楽しむと思います。この『難問の多い料理店』は、あらゆるニーズに応えられるよう、謎解き、サスペンス、人情、アイロニー、いろんなものを詰め込んだので、きっとどなたにも満足いただけるかと思います。ぜひ、ご来店ください。