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「国家の命運は金融にあり」(上・下) 相場師転じて真人間 流転の人生 朝日新聞書評から 

評者: 御厨貴 / 朝⽇新聞掲載:2024年07月13日
国家の命運は金融にあり 高橋是清の生涯 上 著者:板谷 敏彦 出版社:新潮社 ジャンル:ノンフィクション

ISBN: 9784103556312
発売⽇: 2024/04/25
サイズ: 19.1×2cm/528p

国家の命運は金融にあり 高橋是清の生涯 下 著者:板谷 敏彦 出版社:新潮社 ジャンル:ノンフィクション

ISBN: 9784103556329
発売⽇: 2024/04/25
サイズ: 19.1×2cm/544p

「国家の命運は金融にあり」(上・下) [著]板谷敏彦

 「コレキヨ」さん、やはり面白かった。読み進めるうち、やがて楽しく、そして哀(かな)しい気分になった。経済人が書いた伝記小説で読みやすい。色々なことに携わったコレキヨの多面性を、エコノミスト連載の形で一つ一つわかりやすく取り上げる。どこからでも気軽に読めるのだ。
 実はコレキヨの理解を難しくしているのは、『高橋是清自伝』という口述本(これが抱腹絶倒の面白本)があるからだ。著者も注意深く指摘しているように、コレキヨ自らの語りの中に、我々は手もなくうっちゃられてしまうからだ。生まれてこの方、コレキヨは英語に取りつかれ、若いころにアメリカにやられる。これ自体まっとうではない。
 「帰国して教師、落ちぶれて芸者のヒモ、相場師」と著者が述べるように、若くしてロクなものじゃない人生を送る。やがて後の特許庁の役人となり、日本の特許制度を作り上げる。何と相場師転じて真人間だ。
 しかし幕末維新の世はコレキヨをさらに転がす。ペルー銀山開発に手を出した結果、もののみごとにすってんてんの人生だ。それでもブレぬ運があったのか……。コレキヨは日本銀行にペーペーで入り直し、そこから運が広がる。
 コレキヨは日露戦争の間、米、英、独の金融家と交渉し、見事、外債発行にこぎつける。著者はこの国際金融家としてのコレキヨの活躍ぶりを詳しく描く。外国人銀行家との折衝のあり方の巧みなこと。手だれになっていく様子が手に取るようにわかる。
 その後しかしコレキヨは、原敬に勧められて政友会に入党し、政党政治家にならんとする。これがまた見事大失敗。原の暗殺後、政友会総裁にして首相を継ぐが、高橋の政党政治家としてのなりわいは総じてうまくいかない。
 日銀や国際金融家としての高橋は、人との交渉もうまいのだが、政党政治家としては政友会の代議士連中に手もなくひねられてしまう。そのあまりの巧拙の差に、著者の筆も湿りがちになる。
 かくしてコレキヨは、反軍・反政党の立場にくみし、危機の財政家として晩年を過ごす。政党内閣でも、挙国一致内閣でも、大蔵大臣として永世現役を誇ることになる。二・二六事件での暗殺でコレキヨは命運を絶たれるが、ここまで読んできて、国際金融家、危機の財政家、政党政治家、何がコレキヨのコレキヨたるゆえんだったのか。あまりにも面白く、そして哀しさが漂う。それは、本人自身が好きなことを好きなだけやって、それ以外はもう、どうでもよい人生だと思っていたからではなかろうか。
    ◇
いたや・としひこ 1955年生まれ。日興証券でニューヨーク駐在や機関投資家営業を経験し、みずほ証券では株式本部営業統括に。06年に和製ヘッジファンドを設立。著書に『日露戦争、資金調達の戦い』など。