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「魂の歌が聞こえるか」書評 音楽業界の内幕覗き見るスリル

評者: 望月京 / 朝⽇新聞掲載:2024年07月27日
魂の歌が聞こえるか 著者:真保 裕一 出版社:講談社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784065349441
発売⽇: 2024/03/27
サイズ: 14.1×19.4cm/352p

「魂の歌が聞こえるか」 [著]真保裕一

 全盛期を過ぎたベテラン歌手をいかに売り込むか。スランプに陥ったシンガー・ソングライターをどう励まし、スケジュールや予算と折り合いをつけるか。新人バンドをいかに発掘し他社に先がけ売り出すか。アーティストの薬物や盗作の疑惑、過去の不祥事をどう乗り越えるか――。
 こうした音楽業界の諸問題を幅広く担うのが、レコード会社や音楽出版社のA&R(アーティスト・アンド・レパートリー)と呼ばれる仕事らしい。毛色の異なる音楽業界の私には初耳の業務名だが、この小説を読む限り、扱われる問題自体はどんな音楽業界にも起こり得そうなものだ。
 物語の前半はとくに、これらの問題に奮闘するレコード会社の若手A&R芝原修の日々の業務を通して、社内の手柄の取り合いやかけひきなども含め、さながら業界内部を覗(のぞ)き見るようなスリルに固唾(かたず)を呑(の)む。
 次第にスリルの焦点は、芝原が発掘した、なぜか顔出ししたがらない新人バンドの謎ときに移ってゆくが、私には彼と担当アーティストや現場スタッフ、先輩A&R、百戦錬磨の上層部などとのやりとりの中にちりばめられた至言により実感があり、興味を惹(ひ)かれた。
 「人の心を揺さぶる曲作りは、知識の寄せ集めでなせるわけがない」「わかりやすい部分がないと、絶対にヒットはしない」「量産が利いてこそ、本物の才能」「土壇場で力を発揮できない者に、未来なんかあるものか」「(成功者の)数倍のアーティストが、自分のスタイルにこだわりすぎて、活躍の場を失ってきた現実がある」……そうなんですかね⁈と些(いささ)かの反発も感じつつ、いろいろと耳が痛い。
 正義より売り上げ重視の業界のようでいて、結局は世話になった人や自分が見込んだアーティスト、大切な人たちへの愛と義理人情、信念に勝るエネルギーはないと思わせる主張には、ややお涙頂戴(ちょうだい)的甘さもあるが、ほっと安堵(あんど)もさせられる。
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しんぽ・ゆういち 1961年生まれ。『ホワイトアウト』で吉川英治文学新人賞、『灰色の北壁』で新田次郎文学賞。