侵略戦争を続ける「プーチンの帝国」ロシア、植民地主義をほうふつとさせる攻撃や入植を進めるイスラエル。歴史の逆戻りを思わせる事象をどう考えるか、歴史学でも議論されており、雑誌「思想」7月号では特集「帝国論再考」が組まれた。携わった中澤達哉・早稲田大教授は、「帝国」の姿を考えることが、近代・西欧中心の歴史観を問い直す、と説く。
中澤教授はスロバキア史、東欧史が専門。今回の特集では英仏のほかロシア、オスマン、清など様々な「帝国」の研究者が最新の「帝国」論を紹介している。
「西欧の近代化と国民国家の成立を前提とする歴史観が、長年の間自明のものとされてきた」と中澤教授。
例えば中東欧を支配したハプスブルク、オスマン、ロシアといった帝国は、第1次世界大戦を経て解体した。3帝国は独立運動やナショナリズムの高揚を妨げた「諸民族の牢獄」と呼ばれてきた。
しかし近年、ハプスブルク帝国内の住民は必ずしも皆がナショナリズムに関心を持っていたわけではない、と米国の歴史家タラ・ザーラらが指摘し、活発な議論が起こっている。民族主義者は人々の無関心さを批判し、学校を設立するなどして「民族」というカテゴリーを形成しようとした。ただそれは帝国の統治を否定するものではなく、むしろ帝国の近代化政策を進め、協調しあう関係にもあったという。「帝国とナショナリズムは対立する存在ではなく、両立していた」と中澤教授。
また、近世史から近代史をみる意義も強調する。近世では、異なる政治体制の国や集団が雑多に集まり「複合国家」を形成することは珍しくなかった。近代国家の原型となるピラミッド型の主権国家として近世の「帝国」を捉えてきた従来の考え方は、見直しを迫られつつある。
折しも高校の歴史教育では、日本史と世界史が融合した「歴史総合」が始まった。改編の目的は、現代社会につながる「近代化」がどのように進んでいったのか、より深く理解することだ。
中澤教授は改編の意義を認めつつも、「アメリカやイギリスなどの大国や、近代史のみに力点が置かれてしまう可能性もある」と危惧する。「近世から『帝国』を考えることで、近代中心にとどまらないものの見方を提示できる」(平賀拓史)=朝日新聞2024年07月31日掲載