日本推理作家協会賞を受けた連作短編集「蟬(せみ)かえる」でミステリーファンをうならせた作家、櫻田智也さんの4年ぶりの新作「六色(ろくしょく)の蛹(さなぎ)」(東京創元社)が刊行された。昆虫好きの心優しい青年、魞沢泉(えりさわせん)を探偵役にしたシリーズの第3弾。前作同様、精度の高い謎解きと叙情漂うドラマが共存する6編が並ぶ。
魞沢は虫を求めて出向いた先で、次々と事件に出くわす。冒頭の「白が揺れた」は蜂の子獲(と)り体験をしていた冬山で、ハンターたちの狩りの最中に猟友会会員の射殺体が見つかる。25年前の似たような事件の経緯を知った魞沢は意外な犯人と犯行手段を解き明かす。
魞沢は積極的に事件を解決するわけではない。いつの間にか関係者の懐に入り込み、話を聞いているうちに謎を解き明かす……というよりも、鋭い洞察力のせいで真相に気づいてしまう。
典型が第2話「赤の追憶」。「ミヤマクワガタ入荷しました」との掲示を虫と間違えて入った花屋に、4月なのに真っ赤なポインセチアが置かれていた。1年前に訪れた少女が季節外れの花を欲しがったからとの理由を語る店主と話すうち、魞沢は少女の真意を見抜いてしまう。
2017年のデビュー作「サーチライトと誘蛾(ゆうが)灯」以来、ずっと魞沢の物語を書いてきた。「いかにも主役っぽい名探偵を書くことに気恥ずかしさがあって」生まれた彼の造形には、敬愛する作家、泡坂妻夫(あわさかつまお)のシリーズ探偵、亜愛一郎(ああいいちろう)が反映されている。ミステリーを書き始めたのも、大学時代に泡坂作品を読んだことがきっかけだった。
「論理の奇抜さに目がいきがちですが、読者を納得させるための仕掛けが巧妙です。探偵が真相を一方的に説くのではなく、物語の語り手が愛一郎と会話して、彼の思考プロセスを理解するうちに真相に気づく。そんな手法を丁寧にやってみたかった」
各話の語り手たちの多くは、過去への後悔や消化しきれない思いを抱えている。魞沢は彼らに寄り添いながら、謎だけでなく、胸の内も解きほぐしていく。時に魞沢自身が、気づかなくていいことに気づいてしまうことへの戸惑いを覚えながら。
1編1編が巧妙な本作だが、連作短編としての趣向も凝らされている。第5話「黄色い山」は「白が揺れた」、最終話「緑の再会」は「赤の追憶」の後日談になっており、続けて読むと、魞沢の造形の変化と、よりふくよかなドラマを味わえる。
「これでシリーズの巻数だけは亜愛一郎と同じ3作になりました。でも収録数では全く及ばない(亜24編、魞沢16編)。私自身、シリーズが進むごとに魞沢への愛着が増しているので、読者に求められている限り、書き続けていきたいですね」(野波健祐)=朝日新聞2024年7月31日掲載