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「ダーク・マターズ」書評 ランプ携帯から身体の焼印まで

評者: 藤田結子 / 朝⽇新聞掲載:2024年09月07日
ダーク・マターズ――監視による黒人差別の歴史とテクノロジー 著者:シモーヌ・ブラウン 出版社:明石書店 ジャンル:哲学・思想

ISBN: 9784750357898
発売⽇: 2024/07/04
サイズ: 19.5×2.5cm/304p

「ダーク・マターズ」 [著]シモーヌ・ブラウン

 スマホや検索エンジンなどの技術が発展した今日、企業や政府が個人情報を収集するようになった。こういった監視社会に関する議論を最近よく耳にする。しかし本書は、あっと驚く視点を提示する。監視の技術は、大西洋奴隷貿易の時代から、黒人の監視を中心に発展してきたというのだ。
 監視というと18世紀に考案されたパノプティコンがよく例にあがる。その全体は円形の建物で、中心に監視者の部屋があり、円周に沿って独房が配置されている。人々は監視されているという意識から、自ら規律を守るようになる。その一方で、本書は、同時代に製作された奴隷船ブルックス号の船内見取り図を取り上げる。この図には、白人男性が見ることが意図されており、監視の慣行がみられると指摘する。著者は、ミシェル・フーコーによる人種の視点が欠けたパノプティコン論の意義を、再検討するべきだと提案する。
 本書は、黒人の移動を監視する技術を詳細に検討していく。たとえば18世紀ニューヨークの「ランタン法」。黒人奴隷に対し、日没後に白人の付き添いなしで路上にいる場合、小さなランプを携帯するよう強制した。これは見ることを利用した監視装置だ。つぎに、元奴隷3千人の身体的特徴を記した「黒人の書」。このリストは生体認証(バイオメトリクス)技術に長い歴史があることを物語る。さらに、奴隷の身体に押される焼印(やきいん)は、身分証明書や信用調査機関のデータベースといった現代の監視行為を先取りしているという。顔認証や空港セキュリティについての論考も興味深い。
 著者は人種・ジェンダー、監視を研究する社会学者。本書は内容がやや難解なためか、主に学術界で注目された本である。監視研究を刷新する、意欲的な学術書だ。
 米国は植民地主義の中で、日本人を含む他の有色人種に対しても、この監視の技術や戦略を応用してきたのだろうか。そんな問いが浮かんだ。
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Simone Browne 米テキサス大オースティン校准教授。本書でローラ・ロメロ最優秀図書賞などを受賞。