ISBN: 9784087817553
発売⽇: 2024/08/05
サイズ: 12.8×18.8cm/224p
「最後に、絵を語る。」 [著]辻惟雄
この半世紀は『奇想の系譜』の出現で日本絵画史の系譜は根底から搔(か)き廻(まわ)されて、従来の狩野元信、探幽(たんゆう)、円山応挙は過去(笑)の人として、若冲、蕭白(しょうはく)はまるで現代美術と同格に肩を並べているかのようなメディアの暴走。そんなオブセッションに翻弄(ほんろう)された私は蕭白の「寒山拾得」を「寒山百得」に捩(もじ)って百点も描いた途端、蕭白を見るのも聞くのも嫌、完全に飽きてしまいました。
そんな奇想現象の張本人は美術史家の辻惟雄先生であります。その辻先生がですよ、手の平(ひら)を返して奇想から正統へ!
師弟関係の山下裕二さんは本書の出現に「やまと絵、狩野派、円山応挙、まるで、『奇想じゃない系譜』ではありませんか」と師に嚙(か)みついたかどうかは知らないけれど、山下さんは驚嘆!したのは確かであります。この山下さんの一言は私にも連鎖、でも私は驚きはしません。辻先生が目を覚まされたとも思いません。奇想の系列が日本絵画史の文脈で正統派に対して異端の画家にされていることに辻先生はこんな画家もいるよ、と「奇想」とネーミングされたことがえらい事件を巻き起こしたに過ぎず、辻先生はだからと言って正統派を否定されたわけでもなく、異端にあのびっくりする「奇想」という耳慣れない言葉をつけられた。その言霊が爆発的な威力を持ってしまって辻先生も引っ込みがつかなくなっただけのことです。
そんな辻先生が本書で真逆の正統派を紹介したために山下さんが驚愕(きょうがく)。辻先生はこんなのもいるよと軽く本書で正統派の存在も忘れないで!とおっしゃっているだけのこと。そんな正統派の中で私は芦雪(ろせつ)と「かるかや」という16世紀に素人が描いた絵に腰を抜かして、正統派こそ「奇想」だ!と思わず叫びそうになったのです(本書の図版を参照して下さい)。輪廻(りんね)転生は人間界だけでなく美術界にもありました。また私の絵も変わりそう。
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つじ・のぶお 1932年生まれ。美術史家。東京大、多摩美術大名誉教授。16年度朝日賞受賞。『日本美術の歴史』など