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石田月美さん「まだ、うまく眠れない」インタビュー 「私」の生きづらさを描いて、女として生きる痛みを伝えたい

石田月美さん=石井真弓撮影

書くことは苦しいけれど、社会とつながる手段

――新作『まだ、うまく眠れない』発表の経緯を教えてください。

 実は最初は、「非専門家であり生活者でもある私」から見たフェミニズムに関する本を書こうと考えていたんです。ただそのためには、自分の立ち位置を明確にする必要があると感じて、編集さんと話し合った結果、自分の具体的な経験を執筆しようと方向転換しました。

――実際に書いてみて感じたことは?

 論じるのではなく物語的に私の経験を描くことによって、より多くの人の心を揺さぶりたいと強く思いました。帯文を書いてくださった頭木弘樹さんに「個人的なものを詳細に描くことによって普遍に到達するのが文学だと聞いたことがある。本書はまさにそれだ」とおっしゃっていただいた時は嬉しかったですね。 

石田月美『まだ、うまく眠れない』(文藝春秋)

――『ウツ婚!!――死にたい私が生き延びるための婚活』とは文体も内容も大きく異なりますね。前作を書いた後、心境に変化はありましたか?

 変化と呼べるのかわかりませんが、前作を書いた時、ようやく世界とつながった気持ちになったんですよ。というのも私は高校も大学も中退していて、働いた経験もほとんどありません。常に寄るべなさを感じていました。書いたものが誰かに届いた時に、ようやく呼吸がしやすくなりました。

 一方で、私にとって書く行為はとても苦しいことなんです。苦しくて苦しくてたまらないけれども、自分と社会をつなぐ手段でもある。読者の方から「月美さんの文章は生きるための遺書みたいだ」と言われて、実際にそうなのかもしれないと感じました。

――本書は石田さんの自伝としても読めますね。自分の人生を知ってもらおうと思いましたか?

 いえ、それは意識しませんでした。本書には書かなかった事実もたくさんあって、必要だと思ったエピソードを書いただけ。多くの場合、自分の人生の出来事って自身にとっては非常に重要なことですが、周囲の人にはどうでもよかったりするとも思うんですよね。

 どれを書いてどれを書かないか。後半にAPD(聴覚情報処理障害)など私の特性が出てきたのも、それ自体に焦点をあてるためではなく、エピソードを書くうえで必要だと思ったからです。たとえば父の暴力や弟の逮捕も私にとっては大きなことだったけれども、読者にとっては必ずしもそうではないと思っています。

――それは日常生活でも意識していることですか?

 はい。私はAPDだったり、脳の認知資源の関係で一日に集中できる時間が限られていたり様々な困難を抱えていますが 、自身の特性を説明する時も、「特別な配慮はいりません。その時々で具体的にお願いすることは出て来ると思うので、手伝っていただけると幸いです」と言っています。

――繊細に周囲を見つめる視点は、本書の内容からも感じ取れます。

 自分の経験をたくさん書きましたが 、それ以上に、周囲の描写や展開を優先させて、そこから伝えたいことを浮き立たせるように工夫しました。ものを書く立場として、読者に興味深く読んでもらえる文章にしようと常に考えています。

撮影:石井真弓

――深刻な状況でも、自然なタイミングでユーモアが散りばめられているのはどうしてですか?

 三つの理由があります。まずは「面白い文章にしたい」という強い思い。私自身、多くのマイノリティと呼ばれる属性を持っていますが、その属性を知らない人に知ってもらうためには、当事者以外、つまりマジョリティも興味深く読める書籍にする必要があります。そのための方法の一つがユーモアでした。

 二つ目は性犯罪の加害者が興奮するのを避けたかったから。性被害者の告発本など、被害者が性暴力に屈する様子やPTSDなどの詳細な描写に、性的な興奮をかきたてられる性加害者がいます。この本は、そういった加害者たちの“おかず本”にならないようにしたかったんです。

 三つ目は、私自身が切実さの中に含まれる人間の滑稽さに愛おしさを感じているからです。シリアスな状況でも一歩引いて見ると滑稽になってしまうことって多々ありますよね。なので、それをそのまま書いています。

――ユーモアだけではなく、私がこれまで考えもしなかった石田月美さん特有の世界観も表れていました。これも他の書籍と違いを出そうと意識したのですか?

 意識はしていなくて、私は世界が普通に「そう見える」んです。文筆家になる前、脳性麻痺の小児科医である熊谷晋一郎先生から「月美さんは他の人たちと同じものを見ても、見え方は異なっている」と言われたことがあります。そのため、知り合いと普通の話をしているつもりでも、話が合わないことが多いんです。今までそれは単に悲しいことでした。でも、結果的に私独自の見え方が書くことに役立っているのかもしれません。

社会運動のうねりの中で傷つく人もいる

――社会問題についても取り上げています。「#MeToo」について「私は性暴力に対して声をあげられない」と罪悪感を抱く人の存在も書かれていましたね。

 「#MeToo」はSNSのハッシュタグで初めて知って、これは大事なことだ、だからこそ、「声をあげられない」と圧を受ける犠牲者も多いだろうなと感じました。ただ大きな目で見て時代はよい方向に進んでいると思うので、性暴力をなくすために尽力した先人たちには感謝していますし、実際にこういった運動によって性暴力がなくなることを望んでいます。

 あのころは「わきまえない女」もよく耳にしましたね。活発に声をあげる運動はよいことだと思いますが、同時に一部の女性にとってはそれが強い圧力になったとも思います。「#MeToo」は革命でした。革命は声をあげる人、傷つく人、両方が共存するものだと考えています。

(Photo by Getty Images)

――有名な「#MeToo」だけではなく、重要なシーンで「鬼子母神」の伝説やフランス人作家・デパントによるフェミニズムの名著『キングコング・セオリー』など、石田さんの幅広い知識を感じさせる言葉も出てきます。どうやって学んでいるのですか?

 私は十分な教育を受けてこなかったり、鬱病で数年間本を読めなかった期間があったりして、そんな自分にコンプレックスをかかえています。そのため、ある意味、強迫観念のように知識を詰め込んでいる部分があるかもしれません。

 また、私には脳の機能障害があるので、できることがとても少ないんです。それは「できること」の寿命が短いとも言いかえられます。だからこそ切実に学びたいと感じていて。

 今、私の周りには知識豊富な方が数多くいます。話していて、わからない言葉が出てきたら、「それはどういう意味の言葉ですか?」と率直に聞いています。自分のコンプレックスだけではなく、周囲の話についていけないという寂しさが大きいのでしょうね。その方たちとの会話をしたいし、理解をしたい。それが知識を得るための大きなモチベーションになっています。「言葉採集帳」を持ち歩いて、引っかかった言葉をメモすることもあります。

石田さんの「言葉採集帳」

――言葉採集帳! 私も作ろうかな。これからも石田さんの著作でいろいろな言葉が出てくるのが楽しみです。新作の刊行予定や、今後書いてみたいテーマについて教えてください。

 来年の春、オープンダイアローグ(フィンランドで開発された精神医療の手法)の実践記録をまとめた共著が出版される予定です。また、発達障害のパートナーがいて、自身も高次脳機能障がい(※)の当事者である鈴木大介さんとの共著で、発達障害の当事者といわゆる健常者がどのようにすれば長期的で安定したートナーシップを築けるかをテーマにした書籍も出ます。今後は小説のような文芸作品にも挑戦したいと思っています。

※高次脳機能障がい…脳卒中などの病気や交通事故などで脳の一部を損傷したために、思考・記憶・行為・言語・注意などの脳機能の一部に障害が起きた状態。

――本書を読んで、読者にどのように感じてほしいと思っていますか?

 面白いと思っていただけたら、文筆家としてこれほど嬉しいことはありません。本は書き手と読み手の相互作用で育っていくものだと考えています。私はもう書き終えましたので、これから『まだ、うまく眠れない』を読んだ人が何かを感じることで、よりよく本書を育ててくださると期待しています。