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「辺境のラッパーたち」書評 世界各地で叫ぶ抵抗の自己表現

評者: 安田浩一 / 朝⽇新聞掲載:2024年10月26日
辺境のラッパーたち: 立ち上がる「声の民族誌」 著者:島村一平 出版社:青土社 ジャンル:人文・思想

ISBN: 9784791776542
発売⽇: 2024/06/26
サイズ: 13.2×19cm/544p

「辺境のラッパーたち」 [著]島村一平

 かなりヤバい(肯定的な意味だ)。世界各地でラッパーが叫ぶ。音は聞こえなくとも言葉が弾む、躍る、跳ねる。怒りと苛立(いらだ)ちに満ちたリリック(歌詞)が網膜に叩(たた)きつけられる。そんな一冊だ。
 ヒップホップ文化が生まれたのは1970年代の米ニューヨーク。主にアフリカ系米国人の若者たちによって、差別や貧困に対する憤りなどが、ラップで表現された。昨今ではテレビや動画サイトの影響か、ラップがあたかも〝ケンカ芸〟のように理解されるふしもあるが、本質はそこではない。「音楽に政治を持ち込むな」といった声すら存在する日本のぬるいミュージックシーンでは考えられない、激しく熱い、抵抗の自己表現こそがラップの真骨頂なのだ。
 思いは広がる。人種を、言語を越えていく。そのダイレクトな主張スタイルは、世界の片隅で鬱屈(うっくつ)を抱えていた者たちに、ラッパーとしての飛躍を促した。戦乱の地で、都市の貧困地帯で、圧政のなかで、反逆の叫びが生まれた。本書では、それぞれの地域に通じた論者たちが、ラッパーたちの姿を生き生きと描く。
 いま、イスラエルの攻撃が続くパレスチナ・ガザ地区でも、今世紀初めから抵抗のラップが歌い継がれてきたという。ラッパーは〝天井のない監獄〟に押し込められた理不尽を訴え、時に内輪での争いを繰り返す指導者にも苦言をぶつけた。
 ロシアではウクライナ侵略を批判するラッパーが「外国エージェント」として弾圧され、ウクライナのラッパーは「ロシアの軍艦なんてクソ喰(く)らえだ」と歌う。
 中国の寒村で政治家をコケにしたラップが流れるとき、キューバの街角では「オレたち若者みんながゴミじゃねえ」とラッパーの声が響く。
 イランで、チベットで、モロッコで、インドで、今日も誰かがリズムを刻む。あふれんばかりの思いをリリックに託す。
 辺境から世界を変えてやる! ラッパーたちの心の声が響いてくる。
    ◇
しまむら・いっぺい 国立民族学博物館教授(文化人類学・モンゴル研究)。著書に『憑依(ひょうい)と抵抗』など。