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「大石誠之助の生涯」 態度を鮮明にしないことの危険 朝日新聞書評から 

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2024年11月09日

「大石誠之助の生涯」 [著]ジョセフ・クローニン

 大石誠之助の名はそれほど広く知られているわけではない。1910(明治43)年の大逆事件で処刑された医師で、社会主義者というのが、簡単な紹介だが、幸徳秋水の同志という言い方がふさわしいかもしれない。70年代に評伝風の作品が3冊刊行された。本書の著者はアイルランド人(日本在住)で、明治期の日本人へ学問的興味を持つ。
 大石は、現在の和歌山県新宮市出身で、自立性の強い家系に生まれ、小学校に2年間だけ行き、京都の同志社に進む。英語での授業になじみ、キリスト教に傾く。その後大阪で医学を学び、アメリカに渡りオレゴン大学医学校で本格的な医学研究に入っている。
 本書はこうした大石の歩みを、単に個人の評伝にとどめず、明治期の社会、大石の一族にも筆をのばし、多角的に描写する。大石の持つ先駆性に加え、人間関係の作り方が事件の要因になったと見ているからであろう。
 新宮に戻って「ドクトル大石」を開業したが、貧困の現実を見て社会主義思想に傾斜する。幸徳秋水らの平民新聞に投稿を始める。朝鮮への干渉に反対などの内容である。
 幸徳へ親近感も持ち、交友関係に入る。やがて爆弾を作って天皇を襲撃するという幸徳らの言を聞かされ、賛成はしないが自らの周辺の同志には肯定的に伝えている。爆弾を作った宮下太吉と、幸徳らが逮捕され、国家犯罪として検察、政府、そして天皇へと伝わり、壮大な大逆事件へと拡大していく。大石も重要な役を果たしたとして死刑判決、大石を含む12人が日をおかずして執行されている。
 本書の独自性は、海外の新聞報道も記述していること、必ずしも大石を冤罪(えんざい)風に見ていないことである。しかし明治政府が、いかにこうした事件を恐れていたか、そのためにはでっちあげなど意に介さないのだという記述意思は伝わってくる。
 大石の弁護人の言「態度を鮮明にしないことの危険」は示唆に富む。
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Joseph Cronin 1960年、アイルランド生まれ。ダブリン大卒業。86年に初来日、95年から日本在住。大学で英語を教えながら、明治時代の人物研究に取り組む。

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中尾ハジメ訳 編集グループSURE(☎0752029522) (発行元での直接販売のみ、3300円)