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「老いぼれを燃やせ」書評 生きれば生きるほど 過去は…

評者: 山内マリコ / 朝⽇新聞掲載:2024年11月30日
老いぼれを燃やせ 著者:マーガレット・アトウッド 出版社:早川書房 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784152103611
発売⽇: 2024/09/19
サイズ: 13.7×19.4cm/384p

「老いぼれを燃やせ」 [著]マーガレット・アトウッド

 九つの物語を収録した短編集。まずは冒頭の、三つの連作にやられた。
 「アルフィンランド」とは、高尚な文化人からは蔑(さげす)まれるタイプのB級エンタメ、剣と魔術のファンタジーサーガのタイトルである。著者のコンスタンスは今やすっかりお婆(ばあ)さんだ。
 しかし一九六〇年代は違った。若かった。美しかった。恋人である詩人にインスピレーションを与えるミューズだった。
 彼を支えるために書いた「アルフィンランド」で思わぬ成功を収めたのは、怪我(けが)の功名というほかない。なぜならば彼の浮気によって甘い青春の日々は、とても苦い結末を迎えたのだから。
 ポイントは〝高齢者〟となったコンスタンスの物語であること。亡き夫の小言が始終聞こえるほど内面化しながら、いまも過去の恋愛に絶賛モヤモヤしている。「ミューズ」の美名に浮かれて、都合のいい尽くす女をやっていた自分のバカさ加減を憐(あわ)れみ、詩人と三十歳年下の妻との連名で毎年届くクリスマスカードにイラつきまくる。なんて斬新な老境小説!
 続く「蘇えりし者(レヴェナント)」では元カレである詩人が主人公になり、それなりに名を成した男の尊大さや性格の悪さが、余すところなく活写される。更に次の話では、二人の別れのきっかけとなった浮気相手が登場し……。
 全員老人。全員いまだに根に持っているし、なにも悟っていない。長く生きれば生きるほど、過去は現在より、むしろ近くなるのだろうか。
 そしてショッキングなタイトルの表題作では、富裕層向け老人ホームが老人排斥の過激な主張をする若者に包囲される。例の「高齢者は自決せよ」発言がつい最近なのを思うと、二〇一四年に当時七十代半ばでこれを書いた著者の先見性にはシャッポを脱ぐしかない。
 アトウッドは、近年最も予言的と再評価される『侍女の物語』で知られるが、笑いのセンスも凄(すご)かった。各位、尿漏れに注意してお読み下さい。
    ◇
Margaret Atwood 1939年カナダ生まれ。85年発表『侍女の物語』がベストセラーに。『誓願』などで2度のブッカー賞。