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石田夏穂さん「ミスター・チームリーダー」 肉体改造に燃える男性係長「最悪の主人公ですよね」

石田夏穂さん

 正義を巡る悲喜劇は、絶えず世界中で繰り広げられている。それは会社という身近な組織の中でも。石田夏穂さんの新刊「ミスター・チームリーダー」(新潮社)は、ボディービル一筋の中間管理職の悲喜こもごもな日常をシニカルに描き、人間の業をあぶり出す。

 2021年のデビュー作「我が友、スミス」は、女性会社員がボディービルの大会を目指す中で、なぜか「女性らしさ」を求められる不条理に向き合う物語。芥川賞の候補にもなった。今作でもストイックに大会を目指す男性係長・後藤を主人公に、再び肉体改造の光と影をのぞかせてくれる。

 「自分も週5回、30分ほどジムに通っていますが、大会には出ません。でも、コンテストに向けて頑張ってる人のイキってる感じは好きです」

 得意げに張り切っている後藤は、自己管理の鬼で仕事熱心。心の中には、間食ばかりして仕事がデキない部下に対して「デブなんだから一生懸命うごけよ」「何の役にも立たない体脂肪/組織の中でも、いらない部分」と悪口雑言が渦巻いている。

 「最悪の主人公ですよね。書いていて楽しかった。これまで被害者的な主人公が多く、その方が共感する人も多くて受けもいいと思うけれど、人間の業や底の浅さを描いた悪漢小説にひかれます。今回は加害者的な、でも『いいことをしている』普通の人を書いてみたかった」と石田さん。

 「筋トレは、やった方がいい。そこに間違いはない。会社の生産性アップも大事。どちらも正義なのはわかるけれど、正義が過ぎて押しつけがましくなると、話としておもしろくなってくる」

 後藤の人間像について、「もうちょっと、いいやつに書けばよかったかなと迷ったけれど、手の施しようがなかった」と笑う。

 とどまることのない後藤の罵声に心を刺されながら読み進めると、正義と悪だけでは割り切れない普遍的な人間の心理も浮かび上がってくる。「昨今、ルッキズムは良くない、人は見た目じゃないと言われるけれど、人よりもかっこよくありたい、優れていたいという気持ちは誰でも抱えている」

 もうひとつ、書いてみたかったのは、中間管理職という立場。「昨今の上司って、難しいポジションですよね。部下のワーク・ライフ・バランスやメンタルにも前より気を使わなければならないし、たいへんだなあ、と」

 自身もフルタイムで働く会社員。出勤前の1、2時間を執筆にあてている。「無趣味で『推し』もいないので、『時間がない』という悩みはないです。あ、でも好きなボディービルダーはいますね」

 物語づくり以上に好きなのは、接続詞や副詞。句読点の生むリズムも気になる「文章オタク」だと自称する。「真剣なシーンも苦手で、ついちゃかしてしまう。でも、オチはつけたいんです。『無理してつけなくていいよ』とも言われますが。この作品の結末にも、いい意味で不快になっていただけたら」

 この先も、身近な会社員の奥深さを描いていきたいという。(藤崎昭子)=朝日新聞2024年12月11日掲載