1. HOME
  2. 書評
  3. 「秋田」書評 辺境でなく外来文化の入り口に

「秋田」書評 辺境でなく外来文化の入り口に

評者: 椹木野衣 / 朝⽇新聞掲載:2024年12月14日
秋田──環日本海文明への扉 著者:伊藤 俊治 出版社:亜紀書房 ジャンル:人文・思想

ISBN: 9784750518565
発売⽇: 2024/10/18
サイズ: 21×2.9cm/384p

「秋田」 [著]伊藤俊治 [写真]石川直樹

 「秋田」の文字に惹(ひ)かれ手に取り驚いた。著者はかつて新世代の写真評論で頭角を現し、絶えず視線を世界の最先端の動きに向けてきた。ここに来て故郷の「秋田」へ「還(かえ)る」とは。が、あとがきでみずから「秋田論を書くことは考えたこともなかった」とも記している。いったいなにが秋田へと向かわせたのか。
 水先案内人は石川直樹だ。秋田を撮った石川の写真を通じ、著者は「自分の生まれた故郷が見たこともない異郷のように思えて」きた。写真が「エグゾティスム」(異国情緒)を掻(か)き立て未知の領域を切り開いてきたことに改めて気づかされたのだ。写真を通して変哲もない原郷がいつのまにか異郷と化し、ふたたび未知の原郷へと還る。その異化作用に写真が持つダイナミズムを見つけ直したと云(い)ってもいい。
 実際、本書では著者が過去に主題化してきた岡本太郎や白井晟一(せいいち)、シャルロット・ペリアンやブルーノ・タウトが以前とは異なる相貌(そうぼう)で浮上している。岡本が再発見した縄文土器の文様が「見えないものの力によって見えるものを彫り返した」ように、秋田という原郷が「日本の北の果ての辺境」というより「北へ広がる北方モンゴロイド文化の入口」へと異郷化されたからだ。が、それこそが私たちにとっての新たな原郷=出発点かもしれない。
 こうして「朝鮮半島南部から日本の畿内へ」という見慣れた「日本国」の成り立ちは「朝鮮半島北部、中国東北部、ロシア沿海州から日本海を介し、東北や北陸へ」というもうひとつの「環日本」へと変容していく。そして、国民国家が必要としてきた「日本史」はいったんリセットされ、四方八方に開いた人類学的な意味での「日本列島」が見えてくる。本書で大事なイメージとしてあしらわれている雪景色が、それまでの風景を一変させ、季節の循環では説明のつかない巨大な異界へと私たちを招き入れるように。
    ◇
いとう・としはる 1953年生まれ。美術史をはじめ、幅広い評論をおこなう。いしかわ・なおき 1977年生まれ。写真家。