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「宝と夢と幻と」書評 悲しく愚かで滑稽な人生なのか

評者: 野矢茂樹 / 朝⽇新聞掲載:2024年12月14日
宝と夢と幻と: ソロモンの秘宝を追いつづけた男、宮中要春の残影 著者:西田茂雄 出版社:国書刊行会 ジャンル:ノンフィクション

ISBN: 9784336076830
発売⽇: 2024/10/28
サイズ: 2.2×20cm/224p

「宝と夢と幻と」 [写真]西田茂雄 [文]古川順弘

 それは悲しいと言われるかもしれない。それは愚かだと言われるかもしれない。それは滑稽だと言われるかもしれない。それ――徳島の山にソロモンの秘宝を求めて掘り続けた男の話だ。だが、本書の半分を占める写真を見てほしい。その一途でまっすぐな表情が、姿が、圧倒的な力をもって見る者を揺さぶる。
 宮中要春(としはる)、一九〇一年生まれ。五十代半ばから七十代半ばまで二十年近く、剣山(つるぎさん)を掘り続けた。それを二十代から宮中を追った写真家西田茂雄さんが撮影した。そして西田さんへのインタビューをもとに、古川順弘(のぶひろ)さんが文章を添えた。誠実な筆致で、宮中の行動がけっして奇矯とは思えないものとして語られる。実際、宮中は偏屈な人ではなかった。やさしく、常識をわきまえた人物であったらしい。
 しかし、なぜ剣山にソロモンの秘宝なのか。その証拠は聖書にあるという。宮中は寝る前に「ヨハネの黙示録」を読むのを日課としていた。それをどう読むとそうなるのかは分からないが、埋まっているのである。剣山のそのあたりに、ソロモン王の秘宝が。見つければひと財産となることも期待されるが、宮中はそれを公共事業に使ってもらおうと考えていた。つまり、財宝に目がくらんで掘り続けたわけではない。じゃあ、なぜ?
 再び写真を見せたい。ほら、欲にくらんだ目じゃあないでしょう? ああ、そうか。自分でも信じられないことだが、どうも私は私もこんなふうでありたいと、心の隅で感じているらしい。だから穴を見つめ、ツルハシをふるい、水場でのどを潤す宮中の姿につい共鳴してしまうのだ。私にはとてもできない生き方なのだけれど。
 それは悲しくて愚かで滑稽な人生なのかもしれない。だけど、もう掘り続ける力をなくして病室のベッドの上に座っている写真を見てごらんよ。うちわを振り上げてくしゃっとした笑顔で、実に幸せそうじゃないか。
    ◇
にしだ・しげお 1950~2023。写真家。故郷・徳島の民俗芸能などを撮影。ふるかわ・のぶひろ 1970年生まれ。文筆家・編集者。