童話作家の小川未明(1882~1961)が残した「野ばら」が、絵本作家・あべ弘士さんの手で絵本になった。「調べて、調べて、調べ上げたうえで、絵描きの本領を発揮して想像を加えて描き上げた」と力を込める作品だ。
大きな国の老兵と小さな国の青年兵士が、国境を定めた石碑をはさんで向き合っている。両者は緊張関係にあったが、次第に将棋を指すような良好な関係に変わっていく。だが両国の間で戦争が勃発すると、2人の関係にも影響が……。
世界で戦禍が絶えないいま、「野ばら」を絵本にする理由はどこにあるのか。あべさんは、出版元の金の星社から絵本化の依頼を受けて、作品を繰り返し熟読し、ある結論に達した。
「これはただ戦争反対という話ではなく、友情の話だ、と」。小川未明がどう考えていたかはわからない、と前置きしてこう続けた。「国境警備で向かい合う老人と青年が2人とも心優しい人であれば、過酷な条件でも友情は生まれるんだと強く感じた。それを描こうと思ったんです」
舞台はどこなのか、時代はいつごろか。絵本化にあたって、そんな検討から始めた。島国の日本を舞台と仮定すると、「国境の石碑」という描写はつじつまが合わない。「ナポレオン戦争から第1次世界大戦の間では」と考えた。そして舞台はヨーロッパのバルカン半島あたり、と。
さらに国境の地で老兵と青年が指し合う「将棋」は「チェス」ではないかと想像はふくらむ。
あべさんは旭山動物園(北海道旭川市)の飼育係を25年間務め、その後、絵本作家として創作に専念するようになった。自らを「動物屋」と例えるほど、動物を描く作品で知られている。今作でも動物があちこちに顔を出している。
「絵本って、演劇とか映画と一緒だよ。アップにしようとか、向こう側から見ようとか、映像カメラマン兼脚本家みたいなところがある。このまま映画か演劇にしようと、そういうつもりで本を作ってるんだよね」(伊藤宏樹)=朝日新聞2024年1月15日掲載