
ISBN: 9784781623894
発売⽇: 2024/11/06
サイズ: 21×3cm/448p
「オペレーションの思想」 [著]富井玲子
1980年代末にわたしが美術の批評活動を始めた頃、東京には東京都現代美術館も、森美術館も、国立新美術館もなかった。「トリエンナーレ」も「アートフェア」も未知の言葉だったし、現代美術の個展が開かれるのは、ほとんどが週単位の貸画廊だった。そんな場所でどうやって現代美術の批評が可能だったのか。実はそのような「荒野」(著者)だからこそ、今日のアートへと繫(つな)がる胎動が、美術家たちの協働(コレクティヴ)によって始められていたのだ。
本書は、主に60年代の日本の美術を取り上げた歴史書だが、その「木霊(エコー)」は、かように単なる歴史の枠を超え、時代の随所で「響きあい」「繫がり」「接点」を持つ。それらの「飛び地」を俯瞰(ふかん)するうえで提示される概念が「オペレーション」で、自力の企画、計画、周知、記録、波及といった活動全般を指す。従来の絵画や彫刻といった「作品」からだけでは「見えない手」であり、歴史を立て直す軸となる。
舞台となったのは、都市では路上であり、地方では河川や山林、雪原といった文字通りの「荒野」であった。だが、著者の唱える荒野は不毛の地を意味しない。逆に前例なき荒野でこそオペレーションの力は最大限に発揮される。特筆すべきは、著者がその力を、「団体展」や「貸画廊」に見出(みいだ)している点だ。かつて80年代末に潜伏した新しいアートの萌芽(ほうが)は旧態依然なものとして否定したが、この国の美術ならではの協働であることに変わりはない。オペレーションが歴史を駆動してきたのだ。
実は、かつてとは比較にならないほどアートが社会に浸透したかに見える現在も、アクティヴな現場は依然として「荒野」にある。それは、本書を生み出すきっかけとなったのが、新宿で複数のアーティストが自主運営するスペースでの「出会い」というオペレーションにあったことに、端的に示されている。
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とみい・れいこ 1957年生まれ。美術史家。米国在住。戦後日本のアートを研究する。美術展のキュレーターも務める。