
ISBN: 9784309209180
発売⽇: 2025/02/21
サイズ: 13.6×19.5cm/312p
「水曜生まれの子」 [著]イーユン・リー
短編の名手として知られるイーユン・リーの三冊目の短編集。著者本人がさまざまな喪失を経験した十四年間に発表された十一の収録作は、それぞれ異なる色合いを帯びつつも、悲しみと喜びで撚(よ)りあわされた一つの物語のように静かな迫力を放っている。
ほぼどの作品にも身近なひとを亡くし、死者を想(おも)う主人公が現れるが、〈水曜生まれは悲しみにくれ、木曜生まれは旅に出る〉というマザーグースの一節から取られた表題作では、十代で自死した娘の声を聞きながら一人ヨーロッパを旅する母親が描かれる。決して口論しない、特に死者とは、というモットーを持つ彼女だが、自身への問いかけは娘の声と溶けあい、いきいきとした問答を繰り返す母娘の関係は生死の枠組みには固定されない。死してなお娘は内面的成長を遂げていると感じる母親の姿には、止まったように見える時のうちにも確かに根を張って育つものの存在が感じられる。
八十代の引退した昆虫学者と六十代の介護人の日常を描く「ごくありふれた人生」では、地に足をつけて異なる文化を生きてきた女性二人のお喋(しゃべ)りが楽しい。ユーモアと皮肉たっぷりに交わされる会話は、互いの秘めた記憶を呼び起こし、一人の生きた人間のうちにある複雑で倫理の及ばない世界をさらに豊かに押し広げる。緻密(ちみつ)で大胆な著者の筆にかかると、二人の生活を形作る瑣末(さまつ)なモノたち――昆虫型の照明、壊れたスプリンクラー、蒸し器の中の茶碗蒸(ちゃわんむ)しの器でさえ、底知れない秘密を湛(たた)えているように思えてくる。
この短編集で描かれるひとびとはみな、記憶と死者の声を体から溢(あふ)れ出させ、長過ぎる裾のようにそれらを引きずりながら今を生きて動き回っている。その裾がときに素手では触れえない誰かの内奥まで届く瞬間、そこにささやかな喜びが息づく瞬間を掬(すく)い上げる言葉の妙技に、何度も息を呑(の)んだ。
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Yiyun Li 1972年生まれ。北京大学を卒業後に渡米。『千年の祈り』でフランク・オコナー国際短編賞など。