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青柳碧人さん「乱歩と千畝」 日本探偵小説の父×東洋のシンドラー? 史実を大胆に再構築

青柳碧人さん

 日本探偵小説の父・江戸川乱歩と東洋のシンドラー・杉原千畝、6歳違いの2人は旧制中学と大学の先輩後輩だった。作家の青柳碧人(あいと)さんはそんな事実から、あり得たかもしれない物語として「乱歩と千畝」(新潮社)を書いた。戦前戦後の激動期、名探偵を生み出した作家と密偵のように活動した外交官の人生が交差する異色の歴史小説だ。来月選考される直木賞の候補にもなった。

 物語は1919(大正8)年、早稲田大近くの名物蕎麦屋(そばや)「三朝庵(さんちょうあん)」で2人が出会うところから始まる。乱歩は職の定まらない作家志望の卒業生、千畝は外国語で身を立てたいと思っている学生。まだ何者でもなかった2人は、それぞれに夢を抱えながら、時代のうねりに翻弄(ほんろう)されていく。

 2人の奇縁に気づいた青柳さんだが、文献をさらっても接点は見当たらない。せいぜいが35年に開かれた旧制愛知五中の同窓会の集合写真に共に写っているくらい。それを、終生互いに影響を与え続けた存在として、大胆に再構築した。

 たとえば、満州国建国直前のハルビンの領事館に勤めていた千畝が、ロシア語新聞に載った乱歩の明智小五郎ものの連載「魔術師」をスクラップしている場面。小説が千畝の目にとまったかどうかは定かでないが、他は史実だ。2人のほかにも、松岡洋右や横溝正史ら実在人物が数多く登場し、虚実ない交ぜのドラマを繰り広げる。

 「みなが知る人のイメージをずらしたり、語られていない部分に想像を膨らませたりする話を作るのが好きなんです」

 確かに、昔話をミステリーとして再構築してベストセラーとなった「むかしむかしあるところに、死体がありました。」(2019年)もそうだった。「三谷幸喜さんのコメディーのような伏線がしっかりした話が好き。今回は史実を伏線に、好きなことを好きで居続けた2人の話を書きたかった」

 乱歩に関してはお気に入りの実話をもとに、こんな場面を書いた。玉音放送を聞いた乱歩は、敗戦にうちひしがれる周りをよそに、これでアメリカの探偵小説が読めると、期待をかけるのだ。

 「2人は若いころの夢を実現したわけですが、その過程で多くの悩みや苦しみを抱えていたはず。文献には残らない2人の感情を、いっぱい書けて満足しています」(野波健祐)=朝日新聞2025年6月18日掲載