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「ものごころ」書評 異質な存在 同居する他者世界

評者: 藤井光 / 朝⽇新聞掲載:2025年04月12日
ものごころ 著者:小山田 浩子 出版社:文藝春秋 ジャンル:文芸作品

ISBN: 9784163919423
発売⽇: 2025/02/10
サイズ: 13.8×19.5cm/200p

「ものごころ」 [著]小山田浩子

 小説のページをめくることは、他者と出会うことでもある。
 それは自明のことに思えるかもしれない。だが、人物も舞台も、物語のなかで何らかの「役割」を与えられて登場してくれば、それは読書する者にとって容易になじみの記号に変わり、読書は鏡のなかの自分を見つめる行為になってしまう。とはいっても、役割や記号からはみ出るような世界を描くことは、どうすれば可能なのか。
 小山田浩子の作品は常に、他者としての世界のありようを見事に描き出す。『ものごころ』では、その手腕にさらに磨きがかかっている。
 同級生とふたりで、けがをした犬を追いかけて動物病院に連れていく、受験期を控えた小学生の男の子。コロナ禍で外出中、7歳の子どもが数日前に誤飲したというスモモの種のことで心配する母親。収められた九つの短編はどれも、ごくささやかな日常を舞台としている。
 だが、それを語る小説の言葉は、異質な存在同士が奇妙に同居する世界をあらわにする。
 例えば、どの短編でも会話の場面が登場するが、登場人物はそれぞれ、口をついて出た言葉を発するだけで、会話はひとつのゴールに向かうことはない。家族であってもばらばらな言葉のやり取りによって、登場人物は役割ではなく「その人」として現れてくるのだ。この本で、他者は他者であり続ける。
 時間の描き方も鮮烈だ。大人を軸とする短編では、ヌートリアやホタルをきっかけに、過去の記憶がせり上がり、不意に現在と入れ替わる。めまいがするほど鮮やかなその切り替えは、主人公が生きる現在も、実は異質な時間と隣り合わせであることを刻み込む。
 どの場所でも、どの瞬間でも、異質なものがひしめき合うなかで「私」という存在は生きている。その驚異が、生々しく、そして軽やかに、『ものごころ』にはあふれている。
    ◇
おやまだ・ひろこ 1983年生まれ。『工場』で織田作之助賞、『穴』で芥川賞。ほかに『庭』『小島』『最近』など。