
ISBN: 9784582860726
発売⽇: 2024/12/17
サイズ: 10.5×17.1cm/496p
「検証 治安維持法」 [著]荻野富士夫
〝昭和100年〟の今年は、治安維持法制定100年の節目でもある。敗戦直後に廃止されるまで、熾烈(しれつ)な弾圧で社会運動を封殺し、学問や思想の自由を奪った。小林多喜二のように、同法で検挙された後、拷問で殺された者もいる。
希代の悪法であることは論をまたない。だが、戦後の歴代自民党政権は、同法が存在した事実に対し、明確なジャッジを下していない。それどころか「悪法もまた法なり」の見解を崩すことなく、安倍政権時代には「当時適法に制定された」ものだとして、その合法性を強調するような大臣発言すら国会で飛び出した。
だからこそ節目にあって著者は訴える。「悪法は法にあらず」。その観点を貫きながら、本書は治安維持法の成立背景、運用実態、そして悪法性を子細に検証する。
あらためて恐怖を覚えたのは、法が拡大解釈を重ねていく過程だ。当初は無政府主義・共産主義を弾圧の標的としていた同法は、学問や言論、宗教の分野にも網を広げ、一般市民にも襲いかかる。
大学の俳句会が「共産主義思想の普及に狂奔」しているとされ(京大俳句会事件)、詩人の集まりが「左翼文化団体の中心指導体」(神戸詩人クラブ事件)とされた。後者の事件では、共産主義者であることを否定するメンバーに対し、特高警察は「張手(はりて)と拳固(げんこ)と竹刀」によって自白を強要したという。思想も信仰も、「法の暴力」の犠牲となり、当時のメディアもこれを後押しした。
本書では一般に語られる機会の少なかった朝鮮、台湾などにおける同法の運用にも言及する。植民地維持のために機能した治安体制は、後の軍事独裁政権に引き継がれる結果ともなった。
社会の一部で排外主義が熱を帯びていくなか、同法の亡霊がちらつく。「新しい戦前」「新しい戦中」に踏み込むなという著者の主張が、広く社会で共有されることを望む。自由と人間の尊厳が奪われないためにも。
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おぎの・ふじお 1953年生まれ。小樽商科大名誉教授(日本近現代史)。著書に『思想検事』『治安維持法の歴史』(全6巻)など。