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「東洋史学の戦争責任」書評 個人の追及にとどまらない分析

評者: 吉田裕 / 朝⽇新聞掲載:2026年10月17日
東洋史学の戦争責任 未完の『大東亜史概説』と歴史家たち 著者:久保 亨 出版社:岩波書店 ジャンル:歴史

ISBN: 9784000617666
発売⽇: 2026/07/31
サイズ: 2×18.8cm/240p

「東洋史学の戦争責任」 [著]久保亨

 昨年、NHKが実施した世論調査によれば、「先の戦争」を「日本の侵略戦争」だと思うかとの質問に、48%の人が「わからない」と答えている。いまだに戦争に対する評価すら定まらない日本社会の現実を、よく示した調査結果である。
 本書は、東洋史研究者の戦争責任問題を、多面的な視角から本格的に論じた著作である。分析の中心は、刊行に至らなかったとはいえ、アジア・太平洋戦争中に文部省が鳴り物入りで推進した『大東亜史概説』編纂(へんさん)事業である。このプロジェクトには、戦後学界の中心となる多数の東洋史研究者が動員され、日本のアジア侵略を正当化するための修史事業に従事した。戦後、関係者は編纂事業への関与について口を閉ざし、学界でも彼らの戦争協力が問題とされることはなかった。中国史研究者の場合でいえば、1960年代に、アメリカの財団による日本の中国史研究に対する資金援助問題をきっかけにして、戦時中の国策協力に対する真摯(しんし)な論議がなされたことはあった。しかし、この問題がそれ以上に深められることはなく、多くの中国史研究者は中国革命と文化大革命の礼賛に横滑りしていった。
 次の2点に注目すべきだろう。一つには、戦前のアジア史研究の到達点を正当に評価すべきだという視点だ。著者によれば、戦前のアジア史研究の中からは、日本史・東洋史・西洋史という枠組みを相対化し、中国史に偏重した東洋史研究を克服しようとする動きが現れていた。『大東亜史概説』もその例外ではなかった。もう一つは、戦争責任の解明は、研究者の学問研究の方法論の批判にまで踏み込んでなされるべきだという視点である。例えば、「西洋からの衝撃」論のように、文明圏相互間の双方向的な交流を軽視した一方向的な「文明伝播(でんぱ)論」の根深さである。
 個人の戦争協力の追及という次元にとどまらない奥行きを持った著作である。
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くぼ・とおる 1953年生まれ。信州大教授を経て東洋文庫研究員(中国近現代史)。著書に『戦間期中国〈自立への模索〉』など。