実に骨太な小説だ。上下巻に分冊された二冊が、それぞれ四百頁(ページ)を超える大部ではあるが、頁を次々と捲(めく)って読んでしまう。常に読者の感情変化を意識した台詞(せりふ)回しなどの仕掛けが鏤(ちりば)められており、気がつけば作中の当事者として、何らかのことをしでかしたり、あるいは加担したりしているかのような心持ちすら感じさせる。当事者意識を植え付ける文体こそ、本作の真髄であり、読者の心を離さない唯一無二の特徴と言えるだろう。
本書はミステリの要素がありながらも、謎解きのみには収斂(しゅうれん)しない。日常に潜む人間の暗部を被害者側からだけではなく、加害者側からも克明かつ多面的に描いた様態は、社会派小説でもあり、さまざまなバックボーンを持つ登場人物がリアリティある生を奏でるさまは、まさに極上のエンターテインメントである。
物語は、北陸地方のL県に起きた二十五年前のある凄惨(せいさん)な事件をはじめ、いくつかの事件をめぐる群像劇の体裁を取っている。読者は幾度も繰り返される事件の細かなあらましが、異なる語り手や視点によって表されることによって、誰もが同一の視座を共有しているわけではなく、看過しえない差異があることに気付かされるだろう。
「ひとたび問題が起こった時、人はそれまで日常的にしていた、その日常を失い、時にその行動が責められる対象になるのだ」という言葉は、連綿と続くはずだった日常の脆(もろ)さや永続性のある生など担保されるものではない現実を突きつけた本書の核になるものだ。
一面的な真実を物語ることの危うさや、妄信する正しさの暴走の果ての「噂(うわさ)」に翻弄(ほんろう)されることは決して他人事ではない。(それでも)人間をもっと知りたい、つまびらかにしたい、という希求の結実としての小説がここに生まれた。=朝日新聞2026年10月17日掲載
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小学館・各2090円。26年6月刊、7刷計36万6千部。「熱烈な感想や口コミの広がりで売れている。言葉のもたらす絶望と希望の両面が描かれ、読んだ方が誰かに思いを言葉で伝えたくなるのでは」と担当者。