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著者と語り、本に出会う体験を 「代官山人文カフェ」仕掛け人がつくる「つながる場」:代官山蔦屋書店

記事:じんぶん堂企画室

代官山 蔦屋書店の人文書担当・宮台由美子さん
代官山 蔦屋書店の人文書担当・宮台由美子さん

 東急東横線の代官山駅から5分ほど歩くと、旧山手通り沿いに代官山 蔦屋書店が見えてくる。3棟に渡る店舗には、ファッションやカルチャーの雑誌やライフスタイルの実用書のほか、子どもの絵本も豊富に揃う。

 なかでも人文書コーナーは、いまが浮かび上がる選書や作家のフェアを精力的に展開する。人文書担当は宮台由美子さん。人気イベントとなった「代官山人文カフェ」を立ち上げ、著者と参加者がともに人生について考え、語り合い、本を手にとるきっかけを生み出してきた。「人文書は、意外と自分に関わることが書いてある」と話す、宮台さんに話を聞いた。

ファッションの街にある書店の棚づくり

 ファッションの街にある代官山 蔦屋書店は、インテリアや棚づくりもユニークだ。ファッションやライフスタイルの売り場が充実する同店で、人文書コーナーを担当する宮台さんは、「会話が生まれるような空間をつくりたい」と語す。

 「代官山 蔦屋書店に来ることが目的、何となくここで過ごすことが楽しい方が多いので、話のきっかけになりそうな本を棚に仕込んでいますね。一番うれしいのは、2人連れでいらして、『これはね』とうんちくを話しているのを見ること」

 天井から足元まで、さまざまなジャンルの単行本や文庫がひしめくように並んでいるが、限られた空間では、図書館や大型書店のように、何でも揃えるわけにはいかない。人文書コーナーの正面に、「旬の本や自分がお薦めしたい本」を並べているという。

 「人文の専門書は、アカデミズムの高価な本もあるのでバランスが難しい」と宮台さんは話す。「ただ、人文が好きな人にも代官山に来てほしいので、基本書は置いています。時間はかかりますが、きちんとした品揃えをすると、『あそこに行けば自分が好きな本ある』と思ってもらえるようになります」と棚づくりと向き合ってきた。

フェミニズム関連書も充実。フェミニズムの本を読む人も、関心がない人も手に取る『自分で「始めた」女たち』(海と月社)を並べている。
フェミニズム関連書も充実。フェミニズムの本を読む人も、関心がない人も手に取る『自分で「始めた」女たち』(海と月社)を並べている。

図書館の本を端から読んだ幼少期

 小さい頃から「本が身近だった」という宮台さん。時間のある夏休みには、エアコンの効いた父の書斎でよく本を読んでいたそうだ。

 「親が大学の先生だったので、家でも仕事をしていました。書斎の奥に一人だけ座れる場所を作ってくれて、子どもの本を置いてくれていたんですね。姉がもう読まなくなった本や、昔の百科事典がワーッと積まれていました」

 小学3年生になると、毎日自転車に乗って近くの図書館に行き、端から全部読んでいった。当時、夢中になったのは、ミヒャエル・エンデの『モモ』(岩波書店)。

 「ものすごく面白くてドキドキしたのを覚えています。それまでは暇だから読んでいたんですが、『モモ』がきっかけで、本を読むことは楽しい、になりました」

「お客さまに鍛えられた」売り場づくり

 本が好きだった宮台さんは、図書館司書を目指していたのだという。しかし就職活動をしようとして、そもそも新卒採用がほとんどない職種だと気がついた。たまたま新聞で三省堂書店の採用募集を見つけ、タイミングよく教育実習の合間に試験を受けることができ、新卒で入社することになった。

 宮台さんは入社後、本の街にある神保町本店(当時は神田本店)で思想・哲学書を担当。当時を振り返り「とにかくお客さまに鍛えられた」と笑う。

 「『新刊台が全然変わってないんだけど、どういうこと?』と怒られたりして(笑)。哲学思想に詳しいわけじゃなかったので、ほとんど初めて名前を見る著者で。お客さまに怒られながら、名前を覚えていきました」

 売り場に足を運ぶ人文系の出版社の人たちにも、著者やこれまでの流れを教えてもらいながら、実地で棚づくりを学んだそうだ。

定価5600円の本を100冊完売

 ふと、「私、本を売るのが好きなんです」と口にした宮台さん。書店員としての原点となるエピソードを教えてくれた。

 「三省堂時代にこの本が発売されて。どうもすごい本らしいと。全然ヨーロッパの哲学は詳しくなかったんですけど、『帝国』とか『マルチチュード』が、これからの思想のキーワードになるらしいと聞いて、100冊仕入れたんですよ」

 宮台さんが手にしたのは、イタリアの政治哲学者、アントニオ・ネグリとアメリカの比較文学者、マイケル・ハートによる『<帝国> グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性』(以文社)。定価は5600円だ。

「初日に取次さんが50冊しか入れてくれなくて、泣いて電話した」と、宮台さんは入社2年目の思い出を語った。
「初日に取次さんが50冊しか入れてくれなくて、泣いて電話した」と、宮台さんは入社2年目の思い出を語った。

 「結果的に100冊売れた。(訳者の)酒井隆史先生を呼んでイベントやフェアをやったりして、どんどん売れたんです。私がいた5年間は、いわゆる出版不況が始まって何年か経っていた頃。分厚い本が売れる時代は知らなかったけど、信じてやってみたら売れました」

 「だから1冊1冊を大事に売る気持ちもある一方で、私は数にこだわるんです。もちろんイベントや仕掛けをしないと、置いておくだけでは売れない。でも『何としてでも売ります』とやっているのは、この本が売れたときにすごくうれしかったから」

10年間のブランクを経て「代官山 蔦屋書店」へ

 書店員の仕事に向き合ってきた宮台さんだが、思いがけず現場から離れることに。子どもに食物アレルギーがあり当時は保育園に預けられず、復帰できなかったのだ。

 それから10年。3人の子育てと向き合いながら、ずっと「本屋さんに戻りたい」と思っていたと明かす。短時間から働くことができた代官山 蔦屋書店に採用された宮台さんは、すぐに人文書の担当を任された。

 そこで2018年に立ち上げたのが「代官山人文カフェ」だ。

 宮台さんは、本を読んでから参加する読書会ではなく、「あくまで本につながる機会をつくりたい」と考えていた。そして、サイン会を通じて、客にとっては著者との会話が特別な経験になると感じて、「この(本屋という)空間で、お客さまが言葉を発することができる場をつくりたい」と思い描いていたという。

 イベントの構想を考えていたときに、哲学者・L.A.ポールの『今夜ヴァンパイアになる前に―分析的実存哲学入門―』(名古屋大学出版会)に出会った。

 「この本が出た時に、『実はすごく普通の人が興味を持てる内容の本だな』と思って。たまたま遠方から営業にいらした名古屋大学出版会の担当者から、訳者の奥田太郎さんが上京されていて、その日に他の本のイベントに登壇することを教えてもらって」

 宮台さんは、すぐに足を運び、奥田さんにイベントの構想を伝えた。翌朝、お店を訪れた奥田さんと、一緒にイベントを開催することが決まった。

 2017年10月に誕生した第1回「代官山人文カフェ」のテーマは、「人生を変える選択にベストアンサーはあるか?」。著者と参加者と本をつなぐ深い問いが生まれた。

「自分の言葉」で語るイベント

 「代官山人文カフェ」は約3カ月に1回のペースで開催され、新型コロナウィルスの拡大を受けてオンラインに切り替えながら、次回で13回目を数える。当初はコーヒーを片手に語り合うイベントのため、定員は最大で30人。

 「世代も幅広いです。学生さん、高校生くらいの方から年配の方まで。一度、男女比を測ってみたら半々でした。普段は『人文書は読まない』『哲学とか難しそう』という方も多いですが、このテーマならおもしろそうかなと思った人も多いですね」

 人文カフェでは、「自分の言葉で語ってください」と必ず伝えるという。「誰々がこう言っていた」ではなく「自分はこう思う」と話すことを大切にしているのだ。果たして、実際に会話は生まれているのだろうか。

 すると宮台さんは、「話したくなっちゃうみたいです」と微笑んだ。

 「コミュニケーションが上手な人が、正しいわけではない空間。今そういう空間ってなかなかないじゃないですか。初めて会った人とうまく話せなくても、話したいことがあるだけで尊いんです。『うんうん』と、みんなが耳を傾けてくれる。いろいろなことを多面的に見ることができるイベントで、私自身もすごく面白いです」

代官山人文カフェを育てた恩人

 様々な本を読んできた宮台さんに、人生を変えた一冊を尋ねると、「すごく難しい質問ですね」と迷いながら、『今夜ヴァンパイアになる前に』を挙げた。「この本がなければ人文カフェが生まれなかった。生まれるのに時間がかかった」と理由を語る。

 哲学者の宮野真生子さんと人類学者の磯野真穂さんの共著『急に具合が悪くなる』(晶文社)も教えてくれた。

 「宮野先生は、(2019年に)亡くなられたのですが、実は第1回の「人文カフェ」は、奥田先生と三浦隆宏先生コンビと、宮野先生の3人から始まったんです。この3人がいなかったら今のかたちじゃなかった。一緒に育ててくださった方です」

代官山人文カフェを一緒に育てた著者の本たち。(左から)梶谷真司さんの『考えるとはどういうことか』(幻冬舎新書)、宮野真生子さんと磯野真穂さんの『急に具合が悪くなる』(晶文社)、『今夜ヴァンパイアになる前に』(名古屋大学出版会)。
代官山人文カフェを一緒に育てた著者の本たち。(左から)梶谷真司さんの『考えるとはどういうことか』(幻冬舎新書)、宮野真生子さんと磯野真穂さんの『急に具合が悪くなる』(晶文社)、『今夜ヴァンパイアになる前に』(名古屋大学出版会)。

 宮野さんを「いつも自分の言葉で語る先生だった」と振り返る。

 「もちろん哲学者だから、難しいことをご存知だと思うんですけど、『私はこう思う』と話してくださるので、来ている方にも身近に感じられて。第1回でも、結婚とか、パートナーとの関係など人生の選択の話を、自分の経験としてお話をしてくださったんです」

 最後の方は、体調に合わせて、登壇ではなく選書で協力してくれた。亡くなった後、宮野さんの『出逢いのあわい』(堀之内出版)が刊行された。宮台さんは、新型コロナが落ち着いたら、この本で「きちんと人文カフェをやりたい」と語った。

新型コロナの時代、議論の鍵になる本

 いま読みたい人文書は、「新型コロナの時代で、接触を控えるようなった時代だから」と、美学者の伊藤亜紗さんの『手の倫理』(講談社選書メチエ)を挙げた。

取材時は、伊藤亜紗さんの選書フェアを大きく展開していた。
取材時は、伊藤亜紗さんの選書フェアを大きく展開していた。

 「読みやすいんですけど、どうすごいかを一言で言うのが難しい本です。なるほど、『さわる』と『ふれる』って違うんだなって。人との関わりについて考える人にとってはヒントが得られる本。これからずっと読み継がれる本だと思います」

 「人文書のキーになる本は、あらゆるところで引用されます。國分功一郎さんの『中動態の世界 意志と責任の考古学』(医学書院)は、今でもイベントで「『中動態』ではこう言っている」と話題に上がる。必ずその本を通って議論を深めていく、そういう鍵になる本。ここからいろんなものが生まれていくと思います」

宮台さんは、出版社から頼まれてイベントを開催することは少なく、ほぼ自ら出版社に電話して依頼するという。
宮台さんは、出版社から頼まれてイベントを開催することは少なく、ほぼ自ら出版社に電話して依頼するという。

 宮台さんは、人文書の魅力を「違うメガネをかけられるようになる」と表現する。

 「理解、知識があるのとないのでは、人や物事に対する接し方も変わってくる。やっぱり知ることって大事だなと。だからたくさんメガネがあるといいな、と思います。私は多分、世界を知るために読んでいますね。人文書を読んでいる人は、自分の役に立つと思って読んでいるわけじゃない。純粋に知ることが楽しいんですよ(笑)」

 宮台さんは、「最近つくづく知らないことが多すぎる」とつぶやいた。今日も新たな人文書と出会い、世界を広げているのだろう。その本の魅力を多くの人に届けながら。

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