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ウクライナ戦争の前史 プーチンの謀略に迫る「米露75年間のスパイ合戦」[前篇]

記事:白水社

ピュリツァー賞作家が、機密解除文書を検証! ティム・ワイナー著『米露諜報秘録 1945-2020──冷戦からプーチンの謀略まで』(白水社刊)は、アメリカとロシアによる「愚行と栄光」の覇権争いを解明。第二次世界大戦後75年間の諜報活動と外交の深層から、サイバー攻撃の脅威までも詳らかにする。《カーカス・レヴュー》ベスト・ノンフィクション選出。
ピュリツァー賞作家が、機密解除文書を検証! ティム・ワイナー著『米露諜報秘録 1945-2020──冷戦からプーチンの謀略まで』(白水社刊)は、アメリカとロシアによる「愚行と栄光」の覇権争いを解明。第二次世界大戦後75年間の諜報活動と外交の深層から、サイバー攻撃の脅威までも詳らかにする。《カーカス・レヴュー》ベスト・ノンフィクション選出。

Paper ships with flag of of Ukraine and Kremlin star Russia, relationships war conflict between the countries occupation of the territory[original photo: RomanWhale studio – stock.adobe.com]
Paper ships with flag of of Ukraine and Kremlin star Russia, relationships war conflict between the countries occupation of the territory[original photo: RomanWhale studio – stock.adobe.com]

将来の闘争の種

 アメリカとソ連は75年にわたって、地球の支配権を争ってきた。20世紀には、アメリカは長い東西冷戦に勝利し、しばらくのあいだ、その勝利は長つづきして、自由がいたるところで花開くかのように思えた。しかし、その時機は消え去った。21世紀のいま、ロシアはこっそりと破壊工作によってアメリカとその同盟国に反撃している。その策略はアメリカの民主主義の土台を揺るがしている。250年のあいだ、ひとつの内戦とふたつの世界大戦にも耐えた政治構造を。その結果は、アメリカが持ちこたえられるかどうか、そして民主主義者と独裁者のどちらが世界を支配するかを決定するかもしれない。この闘争では、強大な陸海空軍と核兵器であふれかえった武器庫は、役に立たないことがわかっている。戦いは政治戦にかかっているのだ。

Boxing gloves with USA and USSR flags. Governments conflict concept, 3D rendering[original photo: alexlmx – stock.adobe.com]
Boxing gloves with USA and USSR flags. Governments conflict concept, 3D rendering[original photo: alexlmx – stock.adobe.com]

 政治戦とは、国家が、ミサイルを発射したり海兵隊を送りこんだりする前に、敵にたいして戦力を投射し、その目的を達成する手段である。その遂行には、隠密工作から高圧的な説得にいたる、諜報活動と外交のあらゆる領域だけでなく、こうした手段を大統領がたくみに調整することが要求される。アメリカは第二次世界大戦後、政治戦のための強力なマシーンを作り上げ、それがソ連の崩壊を早めたが、アメリカのエンジンは世紀の変わり目にガス欠を起こし、現在ではほとんど用をなさなくなっている。ロシア人たちはウラジーミル・プーチンが20年前に権力の座について以来ずっと、巧妙かつ狡猾に政治戦を利用してきた。2014年以降、彼らはアメリカの政治機構に打撃をあたえ、2016年にはプーチンのいいなりになる大統領を選出するのに手を貸して、民主主義を危機に追いこんだ。2020年、彼らは偽情報と欺瞞の威力を強化して、ふたたびアメリカに狙いをさだめた。われわれはつぎの攻撃が襲いかかる前に、政治戦の仕組みを知る必要がある。それはいまにも来襲しつつあるからだ。

Various electronic devices at old military base with nuclear weapons.[original photo: diy13 – stock.adobe.com]
Various electronic devices at old military base with nuclear weapons.[original photo: diy13 – stock.adobe.com]

 戦争は、われわれが作り上げた世界における、自然の状態だ。過去百年間で、2億人以上の戦闘員と民間人が命を落としてきた。第一次世界大戦のくすぶる廃墟は、第二次世界大戦のための長い導火線に火をつけ、第二次世界大戦の灰のなかから、冷戦の有毒な雲が立ち上った。こうした戦争が打ち砕いた理想のなかには、20世紀前半に成文化された高邁な法規があった。戦争は制服を着た戦闘員のあいだで戦われ、公式の宣戦布告が行なわれた日に開始されて、講和条約が威厳を持って署名された日に終結するという法規が。各国は他国の国内紛争に介入しなかった。これは、ソ連赤軍と戦うために1918年8月から、第一次大戦終結の19カ月後の1920年6月までシベリアに派遣された何千名というアメリカ軍将兵にとっては、空約束だった。1939年9月、目をさましたら、スターリンがヒトラーと調印した協定の秘密条項のもとで併合され、ロシア人の虜囚になっていた1300万人のポーランド人にとっては、うれしくもない慰めだった。

 

【著者動画:Tim Weiner, "The Folly and The Glory"】

 

 ふたつの戦争の法則は、1945年8月、ハリー・S・トルーマン大統領が日本に原子爆弾を投下したあとでも、まだ有効だった。ひとつ目は戦闘力だった──自国の兵士の命を犠牲にする国家の意思である。もうひとつは火力だった──国家の武器庫の破壊力である。アメリカはさしあたり、究極の兵器を唯一所有していた。もっとも長いことではなかったが。放射性の瓦礫と化した都市の壊滅を目にして、人々はもしスターリンがこの兵器の秘密を手に入れたら第三次世界大戦はどんな様相を呈するのだろうかと思った。実際には、彼はそれを手に入れていた。もっとも当時はワシントンの誰ひとり、そのことを知らなかったが。国家安全保障問題を担当するアメリカ人たちは、考えられないことを考えはじめ、核兵器の出現は彼らの考えかたを変えた。彼らのなかでもっとも賢明な者たちは、もし自分たちがロシア人と戦うことになったら、つぎの戦争は、われわれが守りたいと願うものをすべて破壊し、そして、生きている者たちは死んだ者たちをうらやましく思うだろうと悟った。

 米ソ両陣営が和睦することに失敗して、世界各国の支配権をめぐる闘争に乗りだすと、彼らはたがいにひそかに戦力を投射しあうことによって戦う方法を見つけなければならなかった──スパイ活動と転覆工作、策略と破壊工作、盗まれた選挙と巧妙なクーデタ、偽情報と欺瞞、抑圧と暗殺によって。アメリカ人はこの戦いかたについてほとんどなにも知らなかった。ロシア人は4世紀にわたってこれに従事してきた。

Edgar Hoover Building with flags in Washington, FBI headquarters[original photo: Roman Babakin – stock.adobe.com]
Edgar Hoover Building with flags in Washington, FBI headquarters[original photo: Roman Babakin – stock.adobe.com]

 16世紀の皇帝、イワン雷帝は、初歩的な秘密警察を創設した。ピョートル大帝とエカチェリーナ大帝は、ロシアの諜報活動を拡大し、国外の敵だけでなく、自国民もスパイした。ナポレオンが1812年にロシアを侵略したころには、皇帝アレクサンドル1世はロシアの対外情報機関を強化して、それを軍と結びつけていた。1881年、アレクサンドル2世の暗殺後に創設された〈オフラナ〉は、何十年間もロシア国内と国外の敵をスパイし、そのかん、アナーキストたちは国王や女王、公子や大公を、そして1901年にはアメリカ大統領を暗殺していた。しかし、クレムリンのスパイたちは、1917年にロシアを手中におさめたボルシェヴィキの革命家たちによって粉砕された。その年の寒くて無慈悲な12月、ウラジーミル・レーニンはそれにかわって自分自身の秘密警察を創設した。〈全ロシア反革命・サボタージュ取締非常委員会〉──略称VChKで、人々には〈チェーカー〉と呼ばれた。「われわれは組織化されたテロを支持する」と、〈チェーカー〉の最初の指導者フェリクス・ジェルジンスキーは1918年にいった。スターリンは彼に絶対的な権力をあたえた。1934年、ロシア人たちは〈大粛清〉を開始した。百万人が殺害された。その年には、すでにスターリンのスパイたちがアメリカ国内で活動していた。第二次世界大戦時には、彼らはアメリカ政府に入りこんでいた──国務省、司法省、〈マンハッタン〉計画に。1954年、スターリンの死後、スパイ組織は〈国家保安委員会〉、略してKGBと改称された。諜報活動を遂行し、偽情報と政治的サボタージュで敵を打倒して、国家の安全を守り、その統治者を警護して、反対意見を叩きつぶす役割をになうKGBは、J・エドガー・フーヴァー時代のFBIと冷戦時代のCIA、そしてナチ・ドイツのゲシュタポ(ゲスターポ)の任務をあわせもつ、恐怖省だった。世界史上最大の情報機関である。人がもしウラジーミル・プーチンのように、20世紀なかばのロシアで、第二次大戦後の瓦礫のなか、貧困と空腹のもとで生まれ、権力を志したとしたら、KGBはまさにうってつけの場所だった。

Lubyanka - Moscow, Russia[original photo: demerzel21 – stock.adobe.com]
Lubyanka - Moscow, Russia[original photo: demerzel21 – stock.adobe.com]

 ジェルジンスキーの巨大な像は、1958年から1991年まで、モスクワのKGB本部であるルビヤンカの正面に屹立していたが、ソ連の崩れかけた構造を取り壊そうとするデモ隊によって倒された。像が鋳造しなおされて、ふたたび建てられることはなかったが、プーチンは諜報国家ソ連を復活させると、ジェルジンスキーを復権させた。〈チェキストの日〉はいまや毎年12月20日、クレムリンで祝われている。そして、プーチンは骨の髄までチェキスト、つまり国家保安機関勤務員である。それがなにを意味するかは、昔からずっと変わらない。いかなる代償をはらってでも指導者の権力を維持し、その国内の敵を投獄あるいは暗殺すること。そして、政治戦を遂行して、敵をあざむき、あやまった考えにみちびいて、不意を打ち、敵が自分自身の最大の利益に反した行動に出るよう仕向けて、世界におけるその地位を弱体化させることである。

Aerial view of the Central Intelligence Agency headquarters, Langley, Virginia[original photo: Carol M. Highsmith]
Aerial view of the Central Intelligence Agency headquarters, Langley, Virginia[original photo: Carol M. Highsmith]

 アメリカは、議会が1947年に中央情報局(CIA)を創設するまで、平時のスパイ機関を持ったことがなかった。われわれアメリカ人は、その後の年月に諜報技術について多くのことを、しばしば苦い経験をつうじて学んできたが、はじめは、ほぼあらゆる面でアマチュアであり、とりわけ政治戦の面で、とくに欺瞞と偽情報という闇の技術において、それが顕著だった。CIAは当初、職員がわずか200人しかいなかった。その任務は冷戦を戦い、第二の真珠湾攻撃をふせぐことだった。その勢力は5年間で100倍となり、世界中で秘密の軍隊を指揮し、ソ連から中国まで準軍事作戦を実施して、クーデタを仕掛け、〈鉄のカーテン〉を破ろうとした。

[後篇はこちら]

【『米露諜報秘録 1945-2020 冷戦からプーチンの謀略まで』(白水社)所収「第1章 将来の闘争の種」より】

 

ティム・ワイナー『米露諜報秘録 1945-2020 冷戦からプーチンの謀略まで』(白水社)目次
ティム・ワイナー『米露諜報秘録 1945-2020 冷戦からプーチンの謀略まで』(白水社)目次

 

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