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「発達障がい」とはなにか ―科学的視点をもって“子どものこころの課題”に対処するために

記事:朝倉書店

教師や保育士、保健師、医師など、発達障がい当事者支援のキーパーソンに、先端的な科学的知識を得る機会が極めて少ないという現状がある。そのため支援者は口伝や自分の経験則に従って支援を行いやすいきらいがあり、また、背景の異なる支援者間の意識共有が形成されにくいという課題があった。
教師や保育士、保健師、医師など、発達障がい当事者支援のキーパーソンに、先端的な科学的知識を得る機会が極めて少ないという現状がある。そのため支援者は口伝や自分の経験則に従って支援を行いやすいきらいがあり、また、背景の異なる支援者間の意識共有が形成されにくいという課題があった。

多くの研究者・臨床家にとって謎であり、魅力であり続けてきたASD

 近年、子どものこころの発達における課題として、神経発達症や子どもの虐待に社会の耳目が集まっている。以下、自閉スペクトラム症(ASD)についての話を中心にする。

 ASD は、多くの研究者・臨床家にとって謎であり、魅力であり続けてきた。世界の民話や日本の落語にもASD とおぼしき人が登場し、往々にして魅惑的なキャラクターとして描かれていることからも、ASD の(特性をもった)人間はどの時代にも存在していたことがわかる。例えばナタリア・チャリスは、ロシアに実在し畏怖された聖なる愚者(holy fool)は無言語であり、痛みに鈍感で、社会慣習に興味がなく、てんかん発作を認めた等の症状から自閉症であるとし、ロシア以外の聖なる愚者にも同様の特性が認められると記している(Jahrbücher für Geschichte Osteuropas, 1974)。自閉症特性があると現在の視点から判定できる症例報告は18 世紀まで遡ることができるが、高名なレオ・カナーとハンス・アスペルガーが1943~1944 年に複数の症例報告をし、現在のASD の臨床的フレームワークの土台が築かれた時に、ASD は科学的探究の対象となったといえる。それから80 年近く、紆余曲折を経てASD は先天性の神経障害というコンセンサスに落ち着き、遺伝的な背景も含めた成因論、脳基盤等についても精力的な研究がなされ、多くのことが知られるようになった。しかしながら、一方で、病態発生についてはまだまだ不明の点も残っている。さらに、マルトリートメント等の研究から、環境的要因により生後の発達が修飾を受けることが明瞭となった。また、ASD の非常な多様性が認識されて個々のドメインを意識した研究が盛んになり、低所得国等の地域差を考慮した支援研究も盛んになるなど、研究は多面的な広がりを示している。

当事者の幸福に寄与するために

 ASD 研究は、ヒトの社会的発達における生物学的な知識を深める上で重要である。しかしながら、何にもまして、ASD 研究の最大の目標は、当事者の幸福に寄与することであると考える。ASD 特性はネガティブな文脈で語られることが多いが、実は、多くの歴史上の偉人、革新的な技術開発者や起業者に色濃く認められ、社会を大きく変える原動力となってきた。したがって、ASD 特性をどのように社会に生かすのかを念頭に置いた当事者支援に関する研究は、時代や地域等社会との相互作用により進歩・変容しながら盛んに行われてきた。その結果として、早期から特性を判定し、適切な支援を行うことの重要性は、今や世界的なコンセンサスとなっている。ここでいう支援とは、幼児に対する療育や家族の支援、学校における合理的配慮、投薬等の医療まで幅広い内容が含まれる。そのため、ASD 児を支援する専門家は、教師や保育士、保健師、医師等多くの職種に広がっている。ところが、これらの当事者支援のキーパーソンに、先端的な科学的知識を得る機会が極めて少ないため、支援者は口伝や自分の経験則に従って支援を行いやすいきらいがあり、また、背景の異なる支援者間の意識共有が形成されにくいという課題があった。

早期から特性を判定し、適切な支援を行うことの重要性は、今や世界的なコンセンサスとなっている。ここでいう支援とは、幼児に対する療育や家族の支援、学校における合理的配慮、投薬等の医療まで幅広い内容が含まれる。
早期から特性を判定し、適切な支援を行うことの重要性は、今や世界的なコンセンサスとなっている。ここでいう支援とは、幼児に対する療育や家族の支援、学校における合理的配慮、投薬等の医療まで幅広い内容が含まれる。

科学的視点で“子どものこころの課題”に対処する

 大阪大学大学院大阪大学・金沢大学・浜松医科大学・千葉大学・福井大学連合小児発達学研究科は、5 つの国立大学法人に所属し、さまざまな背景をもつ“子どものこころの専門家”が集って、共通のプラットフォームを用いて教育を行い、科学的視点をもって“子どものこころの課題”に対処する人材を育成するとの理念により開学した。本書は、この大学院に入学するそれぞれ異なる背景をもつ学生の基礎知識を担保することを念頭に置いて、神経科学、医学、教育学、心理学などの専門家が執筆した。本大学院の学生のみならず、神経発達症や子どもの虐待等、現在の子どものこころの問題に関心をもつ読者にとって、最先端の知識を供与する書籍になったものと確信する。

(中略)最後に、本書が読者の理解を深め、子どもの幸福に寄与できること、また本書がすぐに時代遅れになり速やかな改訂が必要になるほど当該領域の研究が促進されることになれば、当大学院連合小児発達学研究科のスタッフ一同、これに勝る喜びはない。

『発達障がい―病態から支援まで―』大阪大学大学院連合小児発達学研究科 監修
『発達障がい―病態から支援まで―』大阪大学大学院連合小児発達学研究科 監修

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