自閉スペクトラム症(ASD)児に必要な社会性の支援とは? ―発達年齢に応じた社会性の支援方法
記事:朝倉書店
記事:朝倉書店
「社会的コミュニケーションおよび対人的相互反応の障害」に関する乳幼児期(発達早期)の症状としては、アイコンタクト、呼名反応、模倣、社会的参照、共同注意の乏しさや欠如が挙げられる。その中でも、共同注意は社会的コミュニケーションと対人相互交渉の発達において重要な役割を果たしていることが指摘されている。ASD幼児の共同注意に関しては、ASD幼児においても共同注意が完全に欠如しているわけではないことが報告されており、ASD幼児の共同注意の未発達は障害そのものによるというよりも、障害を原因とする社会性やコミュニケーションの遅滞にあることが示唆されている 1)。
ASD 幼児の共同注意と社会的コミュニケーションの関係について考えると、ASD 幼児の共同注意の障害と社会的コミュニケーションの障害には強い関連があることが示唆されている2)。さらに、早期介入の量と社会的コミュニケーションの関係について、共同注意への反応性が高いASD幼児のほうが、介入量に応じた社会的コミュニケーションの獲得がみられることが明らかになっている3)。これらの結果より共同注意と社会的コミュニケーションに密接な関係があると考えられる。一方、ASD幼児は共同注意行動を学習することが可能であることも明らかになっている。しかしながら、自発の共同注意行動は通常の環境では維持されにくく、何らかの環境設定が必要である4)。また、熊らはASD幼児を対象として、8~30か月の子どもの非言語的なコミュニケーションスキルを評価する検査ESCS(Early Social Communication Scales)を実施し、共同注意、要求、社会的相互作用のそれぞれの自発行動と応答行動を観察し、発達指数との相関を調べた。その結果、自発の共同注意、要求行動は、社会的コミュニケーションおよび認知発達と正の相関を示した5)。さらに、共同注意の自発能力は対人的注意の調整を行うこと、他者と経験などを共有することを反映していると報告され、対人関係においては、他者からの働きかけへ応答的に反応するより、自発的に他者に対してコミュニケーション行動を行う機能の方が、発達にとって重要であることを示唆している2)。
こうした研究に基づき、社会的コミュニケーションに焦点を当てたASD幼児への早期介入法が開発され、その効果が複数報告されている。ASDの早期介入に関しては、以前から、DTT(Discrete Trial Teaching、個別試行支援法)について効果検証が行われている6)。(中略)DTTが幼児の発達的な視点が少なく行動主義的色彩の濃い方法であるのに対し、他の早期介入法は、発達的視点を取り入れ、遊びという子どもにとって自然な文脈の中で介入が行われるところに大きな特徴がある。こうした早期介入を、naturalistic developmental behavioral interventions(NDBIs、自然な発達的行動介入)と呼ぶ。中でも、効果が報告された早期介入法の1つにJASPER(ジャスパー)がある。
NDBIs:JASPERは、Joint Attention(共同注意)、Symbolic Play(象徴遊び)、Engagement(関わり合い)、and Regulation(感情調整)の頭文字をとったもので、カルフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のKasariらがASD幼児への介入法として開発および体系化したものである。セラピーは遊びを通して行われ、共同注意、象徴遊び、相互的な関わりと感情調整に焦点を当てることで、ASDの中核的障害である、社会的コミュニケーション障害の改善を目指すものである。子どもの共同注意、要求行動、遊びの水準を評価し、子どもの目標とするスキルに焦点を当てて介入を行うことが目指されている。対象は、1歳代~幼児である。具体的には、関わりをもちやすい遊びの場を設定し、共同注意や要求行動を促進し、その多様性を増やすと同時に、相互的な関わりの中で他者へ自発的に関わっていけるように、またその関わりを維持できるように社会性を支援する。(後略)
児童期においては、学校という社会生活がASD児においても多くの時間を占めるようになる。学校という社会的場面では、他者の感情や行動を理解しどう行動するか、他者と関係性を構築し維持するという社会的行動において、相手の感情や意図、信念、思考といった心的状態を正確に読み取ることが非常に重要になってくる。ここで求められる力は、他者は自分とは異なる心的状態をもちうることを理解し、他者の心的状態を表象し、理解することであり、これを「心の理論(theory of mind)」と呼ぶ。この能力は一般には本能的なものであると考えられているが、この能力の欠如や獲得の遅れもASDの特徴である。児童期の社会性の支援として今までは、他者の理解よりもまずは場面に合わせた適切な行動を考えるソーシャルスキルトレーニング(social skills training:SST)といわれる支援方法が行われてきている。
(中略)ASD児はその障害特性(学んだことを他の場面に応用することの困難)があり、行動の型を教えるだけでは、現実の少しずつ異なる状況に臨機応変に習ったソーシャルスキルを使っていくことが難しい。例えば、友達に話しかけるときに「元気にしてた?」と尋ねることを学ぶと、10分前に会った友人にも同じ言葉かけをしてしまう可能性がある。
こうしたASD児の特性を踏まえ、まず、「心の理論」の力をつけて、それに基づいて、SSTが使えるようになることが重要だという考え方に基づいて開発されたのがソーシャルシンキング(Social Thinking、対人的思考)である。これは、米国で開発された高機能ASD児をはじめとする対人認知能力に困難がある子どもを対象とする認知行動療法(CBT)プログラムである。ソーシャルシンキングとは、人が他者と関わる際にどのようにふるまうべきかについて「考える」ことであり、また、自分自身のふるまい方に他者が与える影響、他者がどのように感じたり考えたりするのか、自身の言動に対する他者の応答、および自分自身の感情、について考えることを学んでいく。つまり、ソーシャルシンキングは、ふるまいの型を覚えるのではなく、他者はどのように感じたり考えているのか、また、自分自身でどうふるまえば相手はどう感じたりどう考えるのか、そのために自分はどう行動すればいいかを考え出すことができるようになるための枠組みであり、その枠組みを身につけることを目標とする。現在、ソーシャルシンキングのプログラムは、すでに全米の多くの特別支援の現場で活用されており、米国以外の国でも導入され始めている。(後略)
青年期に少数でも親しい友人がいることは、その後の人生における良好な自己調整能力や対人的能力につながり、ストレスの影響を緩和することができる7)。また、それは自己肯定感や自立と正の相関があることが指摘されている。一般的に、青年期において、良好な友人関係を築き、それを継続し、仲間に受け入れられる経験をするのだが、約3 分の1の子どもは仲間から無視されたり排除されたりするという理由で友人関係がうまくいかないと感じている8)。いじめ被害のリスク要因として、孤立と抑うつの高さが挙げられている9)。つまり、友人がいることがいじめを受けるリスクを低減するのである。このように、青年期になると、ますます友人関係をつくり維持することの重要性が増してくる。
ここでは、米国のUCLAで開発されたPEERSプログラム(The Program for the Education and Enrichment of Relational Skills)を紹介する。PEERSは、UCLAで開発されたもので、このプログラムは北米をはじめとして世界各国で効果検証研究が行われ、効果が認められている。友達をつくりたい、友達との良好な関係を続けたいという思いのある10代(目安年齢11~18 歳)のASDを中心にADHD、コミュニケーション障害など類似症状のある青年期を対象としている。小集団認知行動療法と保護者支援から構成され、青年も親もグループで取り組んでいく。プログラム内容は、社会適応に重要な役割を果たす「友達づくり」と、そのよい関係を維持していくために必要なスキルに焦点化されている。
週に1回のグループセッションでスキルを学び、モデリングやリハーサルをし、毎週の課題を日常生活で実践する中で友達のつくり方・友達との友好な関係維持のスキルを身につけていく。また、特徴的なのは、親もセッションに参加し子どもとは別の親グループで子どもたちが取り組む課題を聞き、同時に家庭での子どもへの有効なコーチング方法を学び、セッション中にコーチング方法を身につける。これによって、コース終了後も、親は子どもに対して適切なコーチングを続けることができる。(後略)
発達年齢に応じた社会性の支援方法のいくつかを述べた。方法は異なって見えるが、いずれもASDの中核症状である社会性へのアプローチである。幼児期では共同注意という他者に自分の興味・関心を伝えたい、反対に他者の興味・関心を知りたいという行動の獲得への支援である。児童期・青年期になると、他者の感情や考えの理解に基づいて友達づくりやその維持を行うことが重要となってくる。特に、高機能ASDの場合は、必須の力といえる。そして、青年期になると、より友人関係の構築や維持が重要となる。そのための方法はいろいろ実施されているが、本節では、効果検証をされたエビデンスのあるプログラムを紹介した。
文献
1) McArthur D, Adamson LB:J Autism Dev Disord. 26(5):481-96, 1996
2) Mundy P, et al:J Speech Hear Res. 38(1):157-67, 1995
3) Bono MA, et al:J Autism Dev Disord. 34(5):495-505,2004
4) Whalen C, Schreibman L:J Child Psychol Psychiatry. 44(3):456-68, 2003
5) 熊仁美,他:慶應義塾大学大学院社会学研究科紀要:社会学心理教育学:人間と社会の探究.69:131-44,2010
6) Lovaas OI:J Consult Clin Psychol. 55(1):3-9, 1987
7) Buhrmester D:Child Dev. 61(4):1101-11, 1990
8) Laugeson EA:Evid Based Ment Health. 16(1):11, 2013
9) Kljakovic M, Hunt C:J Adolesc. 49:134-45, 2016