1. じんぶん堂TOP
  2. 歴史・社会
  3. 『学知の帝国主義――琉球人遺骨問題から考える近代日本のアジア認識』が問う研究者の植民地責任、研究倫理、アイデンティティ

『学知の帝国主義――琉球人遺骨問題から考える近代日本のアジア認識』が問う研究者の植民地責任、研究倫理、アイデンティティ

記事:明石書店

京都大学を被告とする「琉球民族遺骨返還請求訴訟」の原告たち。2022年の京都地裁での判決前に撮影。右から2人目が著者。
京都大学を被告とする「琉球民族遺骨返還請求訴訟」の原告たち。2022年の京都地裁での判決前に撮影。右から2人目が著者。

 1879年の琉球併合は、明治政府が軍隊、警察をもちいておこなった、組織的で、計画的な国家侵略である。2022年2月、ロシアがウクライナを侵略し、いまも戦争がつづいている。これは琉球人として他人事ではない。琉球も日本によって侵略・併合され、その植民地になり、「大東亜戦争」の捨て石とされ、おおくの琉球人が殺された。戦後そして「日本復帰」後も、琉球人の反対の声をかきけして軍事基地がおしつけられてきた。

 明治政府の最初の琉球統治策は、日本語教育という同化政策であった。琉球諸語の教室内での使用を禁止し、日本語を強制する「言語撲滅教育」をおこない、「方言札」によって子供達から琉球諸語をうばった。1972年の「日本復帰」の年、私も那覇市内の小学校の教室で「方言札」の罰をうけて、みずからの言葉をうばわれた。

 言葉は、民族の歴史や文化をつぎの世代にひきつぐ役割をはたす。皇民化教育をおこない、民族の言葉をうばうことで、琉球人の日本人への同化をうながし、徴兵、納税、労働等の各局面において琉球人を「天皇の臣民」にかえていった。戦前は、「方言論争」で有名な沖縄県学務課が皇民化教育の拠点となった。

 京都帝国大学助教授の金関丈夫は、「福井学務課部長」から遺骨盗掘の「許可」をえたといって遺骨を盗掘した。遺族や地域住民の了解をえておらず、当時の刑法上も違法行為であった。琉球併合後、移住した「日本人」(植民者)が沖縄県、県警の幹部に就任し、日本企業が経済支配し、琉球人差別も横行するなど、「日本人」と琉球人との不平等な関係性を利用して、金関は遺骨を盗掘することができた。

 琉球にたいする日本の植民地支配の一環として骨の盗掘と「研究」がおこなわれた。日琉同祖論を言語学、人類学の観点から証明し、日本の植民地であることを隠蔽し、琉球を地政学的な拠点として利用してきた。

琉球における「学知の帝国主義」の闇のふかさ

 「学知の帝国主義」とは、権力と科学とを融合させ、帝国主義、植民地主義を合理化するためのイデオロギーである。それは研究と政治との一体化による帝国主義強化のためのツールとして機能してきた。本書では、琉球における「学知の帝国主義」の闇のふかさを、琉球人遺骨盗掘問題をつうじてあきらかにした。琉球人遺骨盗掘問題を無視し、みずからの「学知の帝国主義」を隠蔽し、当事者の人権、信仰、先祖への思慕の感情や記憶を無視して研究をつづけようとする学知(研究者、大学、博物館)がかかえる、いまだに清算されない帝国主義の問題を詳細に、学術的に検討した。

『学知の帝国主義――琉球人遺骨問題から考える近代日本のアジア認識』(明石書店)
『学知の帝国主義――琉球人遺骨問題から考える近代日本のアジア認識』(明石書店)

 なぜ、日本政府は、おおくの人間が生活している琉球を「沖縄戦」の戦場とし、日本軍は琉球人を虐殺し、集団死を強制したのか。なぜ戦後、日本政府は琉球を切り離し、米国による軍事植民地支配をみとめ、「復帰」後も広大な基地をおしつけているのか。なぜ「台湾有事」にそなえて、辺野古新米軍基地や自衛隊のミサイル基地を建設し、第二の「沖縄戦」を再現しようとしているのか。それらの疑問をとく鍵が、琉球人にたいする人種差別主義としての優生思想である。金関丈夫も、ナチズムの優生思想に基づく形質人類学者であった。

 伊波普猷をはじめとする「沖縄学」の琉球人エリートも、鳥居龍蔵、金関丈夫らの「日本人研究者」による琉球人遺骨盗掘の「学術的意義」をみとめ、かれらの盗骨を積極的にたすけた。その「学術的意義」とされるのが優生思想である。優生思想にもとづく生物学的な観点から日琉同祖論を確立し、琉球人の同化(進化)をすすめようとした。日琉同祖論は、戦後も「復帰」運動の思想的基盤となり、現在も「内なる植民地主義」の砦となっている。

 東京帝国大学の坪井正五郎はじめ、東京人類学会(現在の日本人類学会)の研究者は、日本帝国主義を科学的に正当化するために、学術人類館で生身の琉球人を展示し、その骨や血液の調査をおこなうなどして、琉球人を人類学的研究の対象にしてきた。本書では、琉球人遺骨を盗掘し、その返還を拒否している人類学者の優生思想を検討するとともに、「沖縄学」を「琉球人遺骨盗掘」の観点から批判した。

 2018年12月から京都地裁ではじまった、京都大学を被告とする「琉球民族遺骨返還請求訴訟」は、2022年4月に不当判決がだされ、現在、大阪高裁で控訴審がつづいている。また琉球人遺骨返還をもとめた、沖縄県教育委員会にたいする「情報公開請求訴訟」が那覇地裁でおこなわれている。本書では、両訴訟が提起されるにいたる動機、歴史的・社会的背景、提訴後の遺骨運動の展開などについて分析した。そして最後に、国連における琉球先住民族による脱植民地化・反帝国主義運動の背景、過程、その歴史的意味などを論じた。

MBS(毎日放送)の番組「映像21」で放送されたドキュメンタリーの冒頭の映像。
MBS(毎日放送)の番組「映像21」で放送されたドキュメンタリーの冒頭の映像。

琉球先住民族の経済学者・社会科学者として

 わたしは、琉球や太平洋諸島を研究する、琉球先住民族の経済学者であり社会科学者である。世界の島嶼は、海洋の「地政学的拠点」として大国に植民地支配されてきたという歴史を共有している。島の経済を研究するうえで、その帝国主義、植民地主義の歴史や島嶼民にたいする構造的差別、アイデンティティ・ポリティックスや脱植民地化運動などについての考察をさけてとおることはできない。

 日本の形質人類学者のなかには、遺骨返還運動を「政治」であるときめつけ、「研究者」は「政治」と距離をとるべきであるとし、「人骨研究」をめぐる社会運動家との「対話」を拒否する人がいる。しかし、社会科学において、遺骨返還運動という社会運動の過程、その歴史社会的背景、研究者と当事者との関係性、遺骨研究とナショナリズムとの関係、資本主義的な人骨研究等はそのまま「研究」のテーマになるのである。国連での活動などのように、わたしはこれまでも、社会運動とリンクさせながら「研究」をおこなってきた。琉球先住民族の遺骨返還をもとめた訴訟や国連活動は「政治」であるとともに、重要な「研究テーマ」になる。

 本書は琉球人遺骨を対象にする「人骨研究」が有する違法性、研究倫理上の問題性、琉球にたいする植民地主義や帝国主義、歴史認識という観点から学術的に検討した研究書である。形質人類学者をはじめとする人類学者、京都大学、沖縄県教育委員会は、本書において提起された批判や疑問にたいして応答する社会的責任がある。

琉球人遺骨が保管されている京都大学総合博物館の前で慰霊祭をおこなった訴訟原告のうちの右から玉城毅さん、亀谷正子さん、そして著者。保管庫の前での祭祀挙行が拒否された。
琉球人遺骨が保管されている京都大学総合博物館の前で慰霊祭をおこなった訴訟原告のうちの右から玉城毅さん、亀谷正子さん、そして著者。保管庫の前での祭祀挙行が拒否された。

本書の関連書『帝国の島』、『談論風発 琉球独立を考える』、『歩く・知る・対話する琉球学』

 日本政府は尖閣諸島を国有化できる、正当な歴史的、法的根拠をもっていない。琉球併合後、尖閣を領土としてくみこんだのであり、琉球とともに尖閣も日本の「固有の領土」ではない。明治政府は「無主地先占」という帝国主義の論理により1874年に「台湾出兵(台湾侵略)」をおこない、日清戦争で日本の勝利がみえた段階で尖閣を閣議決定により領有化した。日本政府は現在も、「無主地先占」という帝国主義を正当化する国際法を尖閣領有の法的根拠としている。琉球併合まで、日本と尖閣とは歴史的にまったく関係がなかった。日本は琉球国を植民地にし、そこを拠点として尖閣の領有を主張しているにすぎない。琉球併合が国際慣習法上、違法であり無効であるとすると、当然、尖閣の領有化も無効となる。

 『帝国の島』は、天皇制国家による島嶼侵略の延長線上において「尖閣問題」を論じ、それが現在の琉球の平和、独立運動にどのような影響をあたえたのかを分析した。そして、日本政府の「無主地先占」論を世界の脱植民地化運動という文脈のなかで批判的に検討した。その過程で、尖閣と琉球の領有をめぐる、日中関係の変遷を論じ、帝国主義がいまだに存在していることをあきらかにした。

 日本帝国は北海道、琉球を侵略・併合したのち、日清戦争、日露戦争、日中戦争、アジア太平洋戦争に突入し、帝国主義の道をまっしぐらにすすんだ。尖閣は琉球と同様に、日本が帝国主義国家になるステップストーンとしての役割をはたした。同時期に、形質人類学者は学術人類館を企画・運営し、アイヌ民族、琉球民族、奄美人の遺骨を墓から盗掘し、大東亜共栄圏における人的資源の活用のための調査や731部隊の戦争犯罪にふかく関与した。学知は日本帝国と併走し、研究の「成果、標本、権威」を蓄積していった。

 『談論風発 琉球独立を考える』では、歴史、教育・法・アイデンティティの観点から琉球独立を各識者と論じた。植民地支配による「人間否定」の状態から脱したいという、人の存立にかかわる根源的な欲求が独立運動をおしすすめてきた。草の根的な脱植民地化運動のつみかさねによって、琉球独立が実現するのである。革命のように一気に琉球が独立するのではない。日本政府にたいする「不屈」の抵抗運動の蓄積が独立には不可欠であり、それは琉球独立後も各地域における自治力の基盤になる。独立によって琉球がかかえるすべての問題が解決されるのではなく、琉球の各地域において、さまざまな脱植民地化運動がひろがることで独立という政治的地位の変更が可能になるのである。

 遺骨返還運動にかかわっている社会運動家は同時に琉球独立を希求している場合がおおい。墓から先祖の遺骨がぬすまれ、祭祀を拒否されることは、先祖崇拝の慣習や儀礼を重じてきた琉球人にとって最大の侮辱行為となる。つまり盗骨は「人間であることを否定」されることを意味し、「人間になる」ために日本からの独立をめざしたいという動機につながる。日本政府による米軍基地の強制も「人間否定」の所業であり、独立を不可避の選択肢として具体性をおびる要因になっている。

 そもそも琉球の歴史は日本史の一部ではない。琉球併合まで琉球は琉球国という、日本とは別の国であった。日本史とは異なる国の、異なる民族の歴史が琉球史である。琉球併合や「日本復帰」は民族の統一ではなく、それぞれ日本国による琉球国の併合であり、「復帰」という名の再併合である。亜熱帯気候の、珊瑚礁にかこまれた島嶼であり、人間の相互扶助関係がつよい琉球は、独自な歴史、生態系、社会構造をもち、アジア太平洋の国や地域ともながい歴史的、社会的関係をもつ地域である。

 この地域をふかく学ぶために「沖縄学」とよばれる研究が伊波普猷らによって形成されてきた。しかし、「日琉同祖論」を基軸にする「沖縄学」では、琉球を「日本」の一部とする考え方からぬけだすことはできない。「日本」とは異なる「琉球」をふかく知るための「琉球学」としてまとめられたのが、『歩く・知る・対話する琉球学』である。

 「琉球学」は、島々の土地を歩き、住民との対話というフィールドワークをつうじて歴史、社会、文化を知り、国際的な比較をおこない、さまざまな問題の解決を目指し、未来への展望を構想するなかでつくられてきた。その学問の担い手は、研究者だけではなく、琉球に関心をよせる市民や学生自身であり、社会に開かれた、実践的な学問であるといえる。

 『歩く・知る・対話する琉球学』の最大の目的は、読者がフィールドワークをとおして、琉球を「他人事」としてではなく、「自分事」として考えてほしいということにある。当事者性をもって琉球のことを調査し、あらたな琉球と日本との関係を築いてほしいのである。

 遺骨をかえさないと主張する形質人類学者、京都大学の構成員(学長などの理事会メンバー、教職員、学生)、沖縄県教育委員会の構成員も、「自分も死んだら遺骨になり、死後も遺骨をつうじて家族や子孫とつながりつづける」人間であることに気づけば、遺骨をかえしてくれるのではないか。先祖の遺骨が同意なく墓から盗まれ、「研究のため」といって還してもらえないという事態が自分自身に起こったらと想像してほしい。それが「自分事」として琉球のことを考えることにつながる。

ご先祖の遺骨が奪われた百按司墓の前で手を合わせる玉城毅さん。
ご先祖の遺骨が奪われた百按司墓の前で手を合わせる玉城毅さん。

『学知の帝国主義』の目次

はじめに
第1章 学知の帝国主義の起源
 ハンナ・アーレントと学知の帝国主義
 エドワード・サイードと学知の帝国主義
 欧米における学知の帝国主義の形成
 形質人類学と帝国主義
 人種研究と優生思想との融合
第2章 日本帝国主義と学知
 日本における帝国主義の形成
 日本の植民地になった琉球
 ピストルを携えて人類学調査をした鳥居龍蔵
 「清野コレクション」と日本帝国主義
 「学知の帝国主義者」としての清野謙次
 なぜ清野謙次は人骨に執着したのか
第3章 日本における「学知の帝国主義」の誕生
 坪井正五郎の日本人種論
 金関丈夫の日本人種論
 三宅宗悦、中山英司の日本人種論
 西北研究所と京都学派の研究者
第4章 沖縄県はなぜ琉球人女性を学術人類館から救わなかったのか――現代的琉球人差別問題の淵源をかんがえる
 学術人類館事件の経緯と東京人類学会の関与
 学術人類館事件にたいする新聞社の批判と琉球人返還運動
 中国人、朝鮮人のケースとの比較をつうじて
 現代の「日本人研究者」による学術人類館事件認識の一端
 金関丈夫、島袋源一郎と学術人類館事件との関係
第5章 優生学と学知の帝国主義
 欧米における優生学と帝国主義
 日本における優生思想
 日本の形質人類学者と優生学
 アイヌ民族と優生思想
 現代の優生思想の問題性
第6章 琉球のなかの学知の帝国主義
 日本帝国主義のなかの琉球
 「琉球処分」は「奴隷解放」なのか
 日琉同祖論と日鮮同祖論
 言語「同祖論」の戦略
 伊波普猷がまなんだ国語学の罠
第7章 伊波普猷と形質人類学者との「共犯」
 人類学者としての伊波普猷
 鳥居龍蔵による琉球人遺骨盗掘と伊波普猷
 伊波普猷の優生学
 伊波普猷と「南島イデオロギー」
 戦争と伊波普猷
第8章 京都大学はなぜ琉球人遺骨をかえさないのか
 なぜ、どのように琉球人遺骨は墓からぬすまれたのか
 なぜ京大研究者は琉球人遺骨を返還しないのか
 日本人起源論と現代琉球人
第9章 琉球民族遺骨返還請求訴訟でなにを訴えたのか
 なぜ京都大学を訴えたのか
 奄美人遺骨返還運動
 京大の準備書面にたいする反論
 京都地裁に提出したわたしの意見書、陳述書
 映像によって遺骨盗掘問題をかんがえる
 京大研究者による本部町渡久地からの遺骨盗掘
 結審後にかんがえたこと
 判決を受けて――琉球民族の尊厳回復をめざしてたたかいつづける
第10章 日本人類学会と「骨の人類館」
 戦後も盗掘された奄美・琉球の遺骨
 なぜ日本人類学会は琉球人遺骨研究を最優先するのか
 琉球人遺骨とミトコンドリアDNA研究
 日本人類学会と「骨の人類館」
第11章 現代琉球のなかの学知の帝国主義
 戦後琉球における学知の帝国主義
 米軍統治時代の優生思想
 国立台湾大学から沖縄県教育委員会への琉球人遺骨の移管
 移管された琉球人遺骨の身元
 盗掘された琉球人遺骨の研究
第12章 沖縄県教育委員会はなぜ琉球人遺骨をかえさないのか
 台湾原住民族遺骨研究の問題性
 遺骨返還をめぐる沖縄県教育委員会との「対話」のこころみ
 「沖縄人骨移管協議書」の問題性
 学知の帝国主義の拠点としての「国立沖縄自然史博物館」
 沖縄県教育委員会が遺骨を返還しない理由
 那覇地裁に提出されたわたしの意見陳述書
第13章 琉球先住民族による脱植民地化・反帝国主義運動
 琉球人にとって脱植民地化運動とはなにか
 脱植民地化のために「先住民族になる」こと
 なぜ遺骨を展示し、研究することが植民地主義になるのか
 アイヌの先住民族運動からまなぶ
 日本政府は本当にアイヌを先住民族としてみとめたのか
結章――先住民族の遺骨をとりもどすことの意味
 琉球人の祖先について
 なぜ琉球先住民族は国連にいったのか
 琉球先住民族による国連活動の成果
 日本政府はなぜ琉球人を先住民族としてみとめないのか
 国連先住民族の権利に関する専門家機構で琉球民族遺骨問題を訴える
 先住民族遺骨盗掘への謝罪と返還の論理
 あとがき

ページトップに戻る

じんぶん堂は、「人文書」の魅力を伝える
出版社と朝日新聞社の共同プロジェクトです。
「じんぶん堂」とは 加盟社一覧へ