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「人種主義の歴史」書評 本来ない差異を作り序列化する

評者: 藤野裕子 / 朝⽇新聞掲載:2022年07月30日
人種主義の歴史 (岩波新書 新赤版) 著者:平野 千果子 出版社:岩波書店 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784004319306
発売⽇: 2022/05/23
サイズ: 18cm/245,21p

「人種主義の歴史」 [著]平野千果子

 「人種とは何か」と問われたら、どう答えればよいのか。人種主義(レイシズム)を批判する人にとっても、これは難問に違いない。
 本書は次のように説明する。本来、人種なるものは実在しない。自らとは異なる集団を分類し、序列化する差別的なまなざしが、人種の概念を作り出したと。この〈人類を分類し、序列化するまなざし〉が人種主義だと著者は定義する。
 実在しない人種はどのように生み出されたのか。本書はコロンブスの大陸発見にまでさかのぼり、欧米における展開を追う。
 最初の画期は、大航海時代だ。スペインが中南米を侵略し、先住民を大量に虐殺した。アフリカの黒人を使役する奴隷貿易も始まった。次なる画期は19世紀。国民国家の形成にともない、排外主義が加速した。戦争の世紀である20世紀には、人種概念に基づいてジェノサイドが起きた。現在も人種主義は根強いが、それに抗(あらが)うブラック・ライヴズ・マター運動が世界に広がっている。
 長い時間幅を扱いながら、本書全体には、三つの視点が貫かれている。一つはジェンダー。人種主義は性差別と連動した。19世紀、ロンドンで見世物(みせもの)小屋に入れられ、死後に解剖までされた黒人が女性だったことは、象徴的である。
 二つめは科学の役割だ。18世紀以降、生物学・人類学が率先して人類を分類し、人種主義を正当化した。
 三つめは、日本との関係である。明治日本でも、内国勧業博覧会の際に、アイヌ・琉球・台湾などの人びとを展示する事件が起きた。第1次大戦後のパリ講和会議で、日本は人種差別撤廃を提言する一方、アジア諸国を支配し続けていた。
 問題は足下にある。日本では、人種主義を黒人差別と同義に考えがちだと著者はいう。差異がないはずの人類を分類し、序列化するのは、民族差別・部落差別も同じだ。実証研究に裏打ちされた著者の識見は、本質を理解するガイドとなる。
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ひらの・ちかこ 1958年生まれ。武蔵大教授(フランス植民地史)。著書に『フランス植民地主義と歴史認識』など。